epi の十年千冊。

アクセスカウンタ

zoom RSS 21) 『反社会学講座』 パオロ・マッツァリーノ

<<   作成日時 : 2006/07/13 08:15   >>

面白い ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

画像



スタンダード反社会学講座のサイトを見て、おもしろかったので購入。サイトの内容に加筆修正、書下ろしが二章付いている。
とてもおもしろい。笑える一冊。著者は「クセのある笑い」とサイトで述べているけれどそうだろうか。こういう可笑しさが分からない人は気の毒でならない。

反社会学の目的はふたつ。
第一に、社会学という学問が暴走している現状を批判すること。
第二に、不当な常識・一方的な道徳・不条理な世間体から人間の尊厳を守ること。


世間一般の常識なるものがいかに怪しいものか、データをもとに検証していく「反常識」が趣旨。偏ったデータに基づいた統計結果には、こちらも(たぶん)偏ったデータで対抗し、「こういうふうにも言えますよ」と反論する。その手際が見事。そうなの?とびっくりする。いかに自分の信じていた常識が曖昧なデータと作為のうえに成立していたかを知り、愕然とすると同時に、知らなかった、知ろうともしなかった異なる視点からの検証をおもしろおかしく、時にぞっとしながら読んだ。

「少年の凶悪犯罪は本当に増えているのか」
「パラサイトシングルが日本を救う」
「日本人は勤勉ではない」
「フリーターに依存する日本経済」
「本当に欧米の若者は自立していて、日本の若者はそうでないのか」
「少子化報道のトリック」
実に魅力的なタイトル群。どんなことが書かれているのか気になる気になる。

社会全体についてわれわれ一般人が知ることの大半は、新聞やテレビのニュースなど加工された情報ばかり。われわれはそれをつい鵜呑みにしてしまう。専門家の見解なのだからと。しかしその背後には考えもしなかった思惑があるかもしれない。実際にそうかどうかは知らないけれど、そうであったとしてもおかしくはない。思考停止がいちばん危険なのだ。

反社会学は社会学の手法や論理を誤用し、無意味でくだらない結論をみなさんにおしつけようとします。

この「誤用」がたまらなく愉快。

書かれていることのどこまでを本気にしたらいいのやら。しかしそもそも情報なんてそんなもので、「自分で考える。確かめる」ということは言うほど容易ではない。社会問題に対して意見を聞かれれば、大半の普通の人は感情論か、有識者の受け売りしか口にできないだろう。
リテラシーという語を頻繁に耳にするようになった。膨大な情報の前でわたしなどは立ち竦んでしまう。その中のどれを採用するか。それは生きるということに関わってくる問題だろう。なぜなら生きるということは拾うことであり、捨てることであるのだから。

わたしは努力という言葉が嫌いなのだけれど(「力」という漢字が二つも入っていて、力みかえっている感じがするではないの)しっかり努力もしましょうねと最後に著者に諭されてしまった。自分じゃ生産的なことは何一つせず、高みからああだこうだと批評している人ほど不愉快なものはない。そういう人間にならないためになら喜んで努力しよう。

それはそうと、読み終えて意地悪なものの見方をするようになった自分に気付いた。

学力が低下していようがいまいが、みなさん、勉強は続けなければいけません。勉強していないと、へっぽこ学者の強引な理論にねじ伏せられてしまいます。


著者の意見に耳傾けながら、著者の意見を鵜呑みにしないこと。
それができない場合には危険な本かもしれない。
(イースト・プレス)

4872574605反社会学講座
パオロ・マッツァリーノ
イースト・プレス 2004-06-20

by G-Tools

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
面白い

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
21) 『反社会学講座』 パオロ・マッツァリーノ epi の十年千冊。/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる