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zoom RSS 25) 『チャリング・クロス街84番地』 ヘレーン・ハンフ編著

<<   作成日時 : 2006/07/18 20:14   >>

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副題が「本を愛する人のための本」。
イギリスの絶版本専門の古書店マークス社の店員フランク・ドエル氏と、彼に本の注文をするアメリカの女性作家ヘレーン・ハンフ(この本の編著者)のやりとりを収めた書簡集。

最初の一通は戦後間もない1949年。「汚れておらず、5ドル以内で」と本の注文をしたヘレーン。彼女の手紙は大西洋の向こうのマークス社へ。当時アメリカドルは相当強かったようで、同じ戦勝国といえど好景気なアメリカに比べイギリスの経済状況が厳しいということが読むうちに分かってくる。

ヘレーンの趣味は訳者の江藤淳さんによると、どうやら一流らしい。わたしなどは聞いたこともない題名の本ばかりで何ともいえないのだが、たしかにサン=シモンの『回想録』やカトゥルスの対英詩集、ジョージ・バーナード・ショーの演劇論など、当時も今も、一体どれだけの人が読むだろう。サミュエル・ピープスの『日記』やアイザック・ウォルトンの『釣魚大全』というのも名著らしい。そもそもわたしはクイラー=クーチを知らないのだ…

ヘレーンは孤独な人である。わたしは彼女の、時に羽目を外しすぎと思えなくもないユーモアの裏に、満たされぬ思いを抱えた女性の寂しげな顔を見る気がした。
ヘレーンは感謝のしるしとして、マークス社とドエルにたびたび食料をプレゼントする。物資の乏しいイギリスでは、卵や肉は貴重品である。マークス社の人たちは感激する。このやりとりは読者の胸を打つ。

しかし、わたしはこれを単なる「いい話」として流せなかった。ヘレーンのこの行動は、彼女が愛情に溢れた善良な性質であったからこそのものであるのは当然ながら、周囲と溶け込めず、孤独をひっそりと抱えていた人が、その孤独の捌け口をみつけた喜びに舞い上がった結果ではないだろうかとも思えたのだ。

孤独な人は、それを埋めてくれる対象を見つけたとき、激しくのめりこむ。それは愛情の深さというより、その人がそれまでどれだけ孤独だったかということを表しているのではないだろうか。わたしはヘレーンの孤独さが分かる気がした。そもそも本を読む人は孤独である。それは一冊と一人で向き合うということだから。まして、彼女のように古典のみを愛し、新刊書には目もくれないという趣味ならなおのこと周囲から浮いてしまうのではないだろうか。彼女の強烈なユーモアにはどこかヒステリックな気配すら感じてしまう。

手紙のやりとりは20年続き、唐突に終る。わたしは思わず息を呑んだ。1969年の、「ご懇篤なご書状ありがとうございました」で始まる手紙を読んだとき、わたしの目は涙で滲んだ。筆不精の女性が一生懸命書いたであろう手紙の真摯な美しさ。

わたしは新刊書も古書もどちらも好きである。サマセット・モームは「己の識見の高さを誇るためにベストセラーを読まない人」をどこかで批判した。わたしも同感だった。そんなのはスノッブだと。

そう思いつつ、愛読書はギボンの『ローマ帝国衰亡史』やらプルタルコスの『英雄伝』だといえたら格好いいなあとも思っていた。要するにいちばんのスノッブはわたしだったというわけだが、ここであらためていいたい。この「十年千冊。」は、断じて、本をたくさん、早く、消費することを目的としたブログではないのだと。もちろん読みたい本はたくさんある。が、その一冊一冊との出会いもしくは再会をないがしろにするつもりはない。ただ千冊を読むことが目的ならなるべく薄い本を選択すればいいということになる。無論そんな気はない。十年かけて千冊読もうという趣旨ではあるが、五年で終るかもしれないし、もしかすると十五年かかるかもしれない。ただ、それはあくまできっかけであって真の目的ではない。そもそも読書に目的なんていらないでないの。楽しいから。好きだから。それで十分ではないの。だから「十年千冊。」というのは、これはまあ一種の標語みたいなものだと思っていただきたい。なんだかんだ言っても具体的な目標があると燃えるのは事実なので。

はじめはのうちは知らない本ばかり出てきて読み進めるか不安だったが、一息に読み終えてしまった。今はインターネットで古書を買える時代。もしかすると日本のどこかでも、現代版チャリング・クロス街物語が生まれているかもしれない。そう想像するのも楽しい。

本っていいな。手紙っていいな。
そう思いかけて、待てよと気付いた。
そうではないのだ。本やら手紙やらがどうこうではなく、本を愛する人、その気持ちを手紙にこめた人がすばらしいのだ。つまり人間がすばらしいのだ。
そう気付いた。
江藤淳訳(中公文庫)

4122011639チャリング・クロス街84番地―書物を愛する人のための本
ヘレーン・ハンフ
中央公論社 1984-10

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
私は単に「いい話」として読んでしまったので
epiさんがヘレーンに孤独を見るのはさすがだと思いました。
今は本ならばAmazonもあるし、
ふだんの買物だってスーパーのレジは金額しかいわないし
ますます孤独な人は逃げ場がないですね。
先日、ワインを鳥取からインターネットで取り寄せました。
1997年物を注文したのになぜか2003年がはいっている。
慌てて、その会社に電話をしましたら、年配の女性の方が出て
「千葉の○○(名字)ですが…」と私が申しましたら
「わあっ!○○(私の名前)さん?無事、届きました」と友人のようにいわれ
何だか、ひさしぶりに、買物を通してコミュニケーションしたような気がしました。
結局、1997年がなくて勝手に2003年を送った(それも同じ値段!)
というひどい話なのですが、何だかそのコミュニケーションが嬉しくて
クレームがつけられませんでした(笑)
長々とすみません。
この記事を読んで、ふと思い出したものですから。
http://linlinlin.cocolog-nifty.com/
LIN
2006/09/03 10:11
さすがだなんて、とんでもありません(汗)
たぶんヘレーンもインターネットのある現代に生きていたら、ブログなりHPなりを作って、同じ趣味の人と盛り上がれたろうに、それがなかったから文通ということになったのですね。しかし、海の遙か向こうとはいえ自分のしたい話をできる相手を見つけられた彼女は幸福なひとです。

>先日、ワインを鳥取からインターネットで取り寄せました。
あ、その記事読みましたよ。ワインについてはよくわからないのですが、六年違うと大分味は変わるのでしょうね。それなのに同じ値段とは…
LINさんのクレームをあらかじめ封じるために、向こうはフレンドリーな対応をしたのでは? とか、そういう意地悪な見方をしてはいけませんね。でも、そういう対応されるともう、文句言えませんよね…

余談ですが、わたしもポーターのバッグを買ったんです。わたしのはポラロイドカメラを入れるヒップバッグ風ケースなんですが、小物入れにもなるんです。偶然ですね。
epi@管理人
2006/09/03 13:27

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