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zoom RSS 50) 『ユキの日記 -病める少女の20年』 笠原嘉編

<<   作成日時 : 2006/09/20 23:32   >>

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統合失調症を患い、28歳という若さでこの世を去ったある女性の、8歳(1945年)から21歳(1957年)までの日記(の一部)。実際の量はノート60冊にも及ぶという。ユキはもちろん仮名。

こんなに膨大な量の日記を彼女が書いたのには理由があって、彼女は8歳のときに喘息になり、以後学校には通わず、自宅療養のようなかたちでその後一生を過ごすことになる。しかし、学校の代わりに母親から教育を受けており、ユキの学力はかなり高い。英語とフランス語ができ、点字の翻訳もしている。ピアノも弾け、ある程度音楽の専門知識ももっている。また非常な読書家で、14歳の頃の日記にはフロイトやサルトル、カミュらに関する言及がみられる。

以下、印象に残った箇所をいくつか引用。

十歳になる前から牢獄にいれられてけっしてそこから出ることのないことを知っている一人の若者に、生きること、そのことだけでいいんだ! と説いてみてもどんな感動を与ええるか?


小さな白いリボンをきりっと二つにわけた髪につけ、ずぼんをはいた小学校の上級生が小さな弟を後にのせて自転車で通る。美しくまた楽しげで私はその後姿を見送っていた。こうした、他人の幸福が私を傷つける。


私はもう書かない。今とってもさびしい。生きるってさびしいさびしいことだ。苦しい。たぶん私はこのさびしさをまぎらせてはいけない? だけど人って一生さびしい。


ユキの家庭環境はあまりよくない。裕福だったと思われるが、大企業のエンジニアの父親は妻子に暴力を振るい、熱心なクリスチャンの母親は教会活動には熱心でもユキに対しては冷淡だった。少なくともユキはそう思っていた。彼女の母親に対する感情はかなり複雑で愛憎の区別がつかない。世間を知らぬ彼女の世界は狭く、若い血が鬱憤晴らしの対象として自分の思うように自分を愛してくれない母親に対して必要以上に厳しく糾弾しているふしもみられる。

18歳のころまでの日記にはわりと抽象的な内容が多いが、20歳のころにはほとんど家族に対する不満と、人生への絶望ばかりが書かれている。文章もかつてのような明晰さを失い、かなり感情的で読みづらい。
後半の箇所は読んでいて暗澹たる気持ちになった。この後、彼女は発症。以後はものを書くことがなくなった。そして28歳のとき、心不全で世を去る。
病跡学(パトグラフィー)の素材として読まれることが多いらしいが、その分野の知識のない人間が読んでも興味深い発見をすることは多々あると思う。人の日記を読むと勇気づけられることも多いが、つらくなることも多い。他者の内面の声に直接ふれるからだろうか。

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