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help リーダーに追加 RSS 73) 『マダム・エドワルダ/目玉の話』 バタイユ

<<   作成日時 : 2006/11/20 23:33   >>

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バタイユである。なんかバタイユって名前からして卑猥な響きを帯びているような気がしてしまうのだが、もちろん気がするだけの話である。
光文社の古典新訳文庫の一冊。非常に平明ですっきりとした訳だなあという印象。
生田耕作訳が有名だけれど、わたしはこのひとの書く文がどうも合わないのでこれまで読まずにきて、今回初めてこの奇妙な二つの小説を読んだ。というかバタイユ自体、初めて読んだ。

「マダム・エドワルダ」は「自称」神の女性と出会った男が、彼女との痙攣的なまじわりを通して宗教的なエクスタシーとそこからの転落を体験する短篇。おそろしくスピーディーに展開する。
「目玉の話」は「目玉」、「玉子」、性器に執着する二人の男女の変態的なエロスと、それにまつわる死を描いた中篇。はじめのうちはあまり滅茶苦茶やるので笑ってしまったが、だんだん陰鬱な気分になった。ここには、著者の自伝的な要素も含んでいるという。
なお、「目玉の話」は二種類ある版の「新版」の方である。

バタイユによると、「エロティシズムとは死に至るまでの生の称揚である」らしい。要するに、かつては宗教がもたらしてくれた至高の法悦(宗教的エクスタシー)を、神なき現代の人間はエロティシズムによって体験するといっているのだろう。たぶん。ベートーヴェンふうにいえば、「エロを通じて歓喜へ!」
だからどちらの小説も性描写はかなり露骨。読むひとによっては嫌悪感を抱いたりするかもしれない…そういうひとははじめからバタイユの本なんか手にとらないでしょうが。かくいうわたしも、あまりエロティシズム小説(?)に慣れ親しんでいるわけではないので、「マダム・エドワルダ」はまだしも、「目玉の話」の繰り返されるエロスと残酷な死の描写にはいくらかうんざりした。こういう話を楽しめるひとがどれくらいいるのか知らないが、わたしは凡庸で面白みのないマトモな人間なので、怖いもの見たさ的な好奇心で読み進めていたものの、愉快な気持には程遠かった。

エロティシズムも突き詰めていけば、僧侶の苦行にも似たものになるだろうことは想像できる。
吉行淳之介の『暗室』という小説では、主人公はひたすら様々な性行為に耽るのだが、そこには死が、快楽と隣り合わせている。こういった死に近付いてく行為としての性、限りなく肉体の快楽を追求していく行為――苦痛すら嗜虐的な快楽となる――は、修行僧の「魂の修練」と通じるところがあるように思える。
プルーストの『失われた時を求めて』という小説には、若い時分から性の快楽を貪り続けるシャルリュス男爵という人物が登場する。彼はやがて老齢に達し、脳卒中の発作を起こしたあとでもなお、性の快楽を追求してやまない。そしてその人物は、まるで「シェークスピアのリヤ王のような威厳」を備えている。この域まで達すると、性の求道者も宗教家も、もはや見分けがつかなくなりはしないか。
バタイユの、エロティシズムによって至高性へ到達するという思想も、たぶんそんなようなことを指しているのではないだろうか。わたしは難しい専門的なことは全然分からないけれども。
うろ覚えだが、川端康成も「退廃は神への近道である」とかなんとか言っていたような気がする。

自分の知らない世界が展開されるという点では興味深く読めた。好みかと聞かれれば否と答えるが。

私が好むのは、人びとが「汚らわしい」と思うものです。私は人とは反対に、普通の放蕩ではぜんぜん満足できません。
(略)
私が知る放蕩とは、私の肉体と思考を汚すだけでなく、放蕩を前にして私が思い描くすべてを汚し、とりわけ、星の散る宇宙を汚すものなのです……。

何かを汚す、あるいは聖なるものを冒涜するということが、エロティシズムと関連しているようでもある。
この箇所を読んで、エーリッヒ・フロムが、性欲はあらゆる感情と簡単に結びつくと言っていた(『愛するということ』)のをふと思い出したりもした。

中条省平訳(光文社古典新訳文庫)

4334751040マダム・エドワルダ/目玉の話
バタイユ 中条 省平
光文社 2006-09-07

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ジョルジュ・バタイユ『マダム・エドワルダ/目玉の話』(光文社)
あらすじ マダム・エドワルダ  自らを神と言う狂人の娼婦、マダム・エドワルダとの一夜を淡々と描写しています。 目玉の話  16才で変態プレイに目覚めた「私」とシモーヌはその後、普通のセックスだけでは飽き足らず(?)スカトロジー、オナニーの見せ合いなどさま.... ...続きを見る
有沢翔治のlivedoorブログ
2009/01/05 15:03

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