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zoom RSS 『クロニクル』 松浦寿輝

<<   作成日時 : 2007/04/25 22:22   >>

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評論集。
二部に分かれていて、前半は2003年から2006年まで「文芸季評」のタイトルで読売新聞に寄せた文章。当時の新刊書の書評を通して著者の文学観にふれることができる。著者の文学観は、「漱石で始まった日本近代文学が中上健次で終ったなどという空しい諦念に自足するくらいなら、横光利一の「純粋小説論」の改訂新版に小説の未来を賭ける方がずっとましだ」という「プラグマティックな」もの。

紹介されている小説をほとんど読んでいない身でもまったく問題なく本書を読めたのは、書評として読むというより著者の思考とそれが表現される「風味絶佳」な文章を味わうという読み方をしたからか。書評を読むことはその対象となった本について知りたいという気持ももちろんあるけれど、その本について語る書き手の思考を知りたいという気持もありはしないだろうか。本の内容ではなく、その本について語るあなたについて知りたい、というような。

著者と問いを共有できたのが、小説の文体について書かれた「文学体か話体か」と「詩劇の声」。前者に、著者は「文体の古めかしい」中村文則と、「どこまでも軽薄で、少々愚かしく、しかし案外図太く居直った」文体の大道珠貴を並べて論じたあとでこう書く。
「深刻な「文学体」が前時代の遺物のように見える一方、軽やかな「話体」の浅薄さに文学の未来を賭ける気にもなれない――そんな悩ましい過渡期をどう切り抜けたらいいのか。才能ある作家たちが今日直面しているもっとも喫緊の難題がこれである…」
「才能ある作家たち」のみならず、ただの「一般読者」もまた、「平明な文章でさらさら流れてゆく」だけの小説には物足りなさを覚えている現状があるのではないだろうか。少なくともわたしはそう思うから、わざわざ古い小説を読んでいるところがある。傲慢かもしれないけれど、「マジすか!」だの「ありえない!」だのといった台詞が頻出するような小説をあまり読む気になれないのは、小説の文章は、できれば「風味絶佳」なものであってほしいと願っているからだ。「どれほど真摯な魂の欲求があろうと、知性の開花の可能性を秘めていようと、ジャンクフードばかり食べていればそのうち当然味覚は退化する」という著者の意見は至極まっとうなもの。とはいえ、もちろん古典には古典の機能があるように、ジャンクにはジャンクの機能がある。分類はそれぞれの読者の愛情に基づいてなされるべきだろう。
後者では、渡辺守章の『繻子の靴』訳文のもつ「典雅なる暴力、ないし荒々しい品位」についてふれ、「「文学体」と「話体」の表面的な対立を超えたところに、豊かな成果の約束された第三の道が開けているのではないか」と結ぶ。もしかしたらその道は、インターネットと無縁ではないかもしれないと、そんな気もする。


第二部は、東京大学出版会のPR誌『UP』に「文化季評」として掲載されたもので、ロラン・バルト、中井久夫、高橋康也、エドワード・W・サイード、吉本隆明、吉田健一、阿部良雄といった「綺羅星のような名前を綴り合わせ」て書かれた知識人たちの肖像。いうまでもないことながら無教養なわたしはここで取り上げられた方々のほとんどは名前しか知りませんが、そんな人間でもさほど不都合を覚えず読めたのは、著者の「知識人」「文学者」としての高い倫理性を感じさせる文章のおかげ。

「ロラン・バルトの現在」、「中井久夫と「より良き生」への信」、「高橋康也あるいは《serio ludere(「真面目に遊ぶこと」という意味だそうです)》」、「吉田健一の贅沢」などは読み終えたそばからすぐまた読み返さずにはいられない。とくに、ルーブル美術館を訪れた著者がそこで「小さなカメラや携帯電話を手にしていて、それで作品を撮ったり作品と自分の「ツーショット」を他人に撮ってもらったりしている」大勢の見物客たちを見たことから始まり、美術品との「対話」をめぐってなされる、エッセイのような「吉田健一の贅沢」は本当に素晴らしい。この10頁のためだけでも本書を買う価値がある。と思う。

本書を読み終えて、ロラン・バルト(難しくなさそうなもの)と、文章の素晴らしさが絶賛されている中井久夫のエッセイが読みたくなった。
(東京大学出版会)

4130830465クロニクル
松浦 寿輝
東京大学出版会 2007-04

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
epiさん、こんにちは。松浦寿輝詩集を再読してしまいました。
バルトや中井久夫の何かをぜひ読んでください。中井はちょっと和製フロイトみたいなところがあります。手術の神業を持つ医者がだれに治せない病の外科処置による治療ができるように、中井久夫にかかれば治る神経症患者が膨大にいると思います。文学者であるとんでもない名医です。
M
URL
2007/04/27 09:33
>Mさん

こんばんは。
ロラン・バルトと中井久夫は、Mさんが「ぜひ」とおっしゃるのですから、これはもう読まないわけにはいきません^^
中井さんは医者ということで門外漢が読んで難しそうな気がしたのですが、学術書はともかくエッセイに関してはどうもそんな心配は杞憂のようで、ちょっと安心しました。

>文学者であるとんでもない名医です。

医者として活動し、文章を書き、さらに詩の翻訳まで! お、恐ろしい方だ…
epi
2007/04/27 19:54

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