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zoom RSS 『カラマーゾフの兄弟 1』 ドストエフスキー

<<   作成日時 : 2007/04/08 00:37   >>

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ドストエフスキーの文学は、回答ではなく、ひとつの問いかけなのだ。彼の小説を読んだあとでは、われわれはもう以前の自分ではない。

アンリ・トロワイヤ 『ドストエフスキー伝』


『カラマーゾフ』はこれまでに四度通読している。拾い読みした回数なら数え切れない。何度読んでも面白いと思ったし、気に入っている幾つかの箇所は読み返せばきっと泣いてしまった。はじめて読んだときはアリョーシャと同い年だったわたしも、今やミーチャより年上なのだなあ。

本書は亀山郁夫さんによる新訳。古典新訳文庫の目玉といってよいと思う。積んであったのをようやく読み始めた。どんな翻訳だろうとわくわくしていたが、こんなに読みやすく、こんなに愉快な味に仕上がっていたとは。ひらがなと、カタカナ語(インスピレーション、ジェスチャー、ファクトリー等)をふんだんに駆使したとびきり通俗的な『カラマーゾフ』に「ウラー(万歳)!」と歓喜の声を挙げたくなった。これはたいへんな仕事で、従来のいかめしいドストエフスキー観を破壊し、無意味に難解なイメージからも解放し、幅広い読者へアピールする端緒となるのではないか。アリョーシャとラキーチンの会話の場面(第一部 第二編の7)なんて、現代の小説を読んでいるような気分になる。「アレクセイ君、きみまでいやみをいうわけね」というラキーチンの台詞には本当にびっくりした。

わたしは兄弟たちのうちでミーチャがいちばん好きで、いや好きというより自分自身だと思っているのだけれど、今回新訳を読んで驚いたのは、アリョーシャの魅力。これまで新潮文庫の原卓也訳に親しんできたわたしには、何度読んでもアリョーシャのよさがよく分からなかった。ところが新訳ではアリョーシャがどういうわけか可愛くて可愛くてたまらない。
一方でゾシマ長老は上品すぎて、もっと田舎の爺さん然としていた原訳のほうが親しめた気がする。といっても、まだ1巻しか読んでいないのだけれど。
今回読んで、これまで何とも思わず素通りしてきた、ゾシマ長老と庶民たちが面会する場面(第一部 第二編の3)で不意にこみ上げてくるものがあったのは自分でも意外だった。この場面は、キリスト教精神に無縁なわたしでも、ほろりとさせられるものがある。

この場面に、幼い息子を失った一人の女性が登場する。彼女は未だ、死んでしまった息子を忘れられず苦しんでおり、その苦しみを取り除いてもらおうと修道院にやって来たのだった。ゾシマ長老は天国の話を聞かせてこの女性の心を軽くしてやる。ここで語られる、「あと三ヶ月で三つになる」という幼さで死んでしまったアレクセイという男の子のエピソードには、おそらく作者自身の経験が投影されている。ドストエフスキーは『カラマーゾフ』連載の少し前に、次男アレクセイを失っている(1878年5月)。小説と同じく、あと三ヶ月で三歳になろうという幼さだった。書くという行為には感情を浄化する作用があるという。ドストエフスキーとて生身の人間。深い悲しみを小説に刻むことで、自らの心を救おうとしたのではないだろうか。

それにしても、この平易な訳文は事件だろう。これまで旧訳を難解とも読みづらいとも思ったことはなかったが、この新訳を読んだ今では考えが変わりそうだ。
1巻は全四部のうちの第一部を収録。モークロエ村での乱痴気騒ぎも、ゾシマの思い出も、イワンの悪魔もまだ先の話。展開を知っていてもこんなに愉しく読めてしまうのだから(1巻は結局一晩で読んでしまった)さすがは「世界文学の最高峰」と呼ばれるだけのことはある。体が宙に浮きそうになるほど面白い。
(光文社古典新訳文庫)

『カラマーゾフの兄弟 2』はこちら
『カラマーゾフの兄弟 3』はこちら

4334751067カラマーゾフの兄弟1
ドストエフスキー 亀山 郁夫
光文社 2006-09-07

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新訳カラマーゾフの兄弟の大ヒットにおけるバー・スメルジャコフ...
エパンチン将軍が死んで、アグラーヤが囲われることだってありえたのよ。----------------------旅行中はドストエフスキーの“白痴”を読んでいたの。身勝手な男たちと、身分差別という暴力にさらされる無力な女。胸が痛むわ。無神論と信仰の欠如、真理の探求というテーマ... ...続きを見る
腹筋とくびれ
2007/08/24 09:24

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちは。私は『カラマーゾフ』は高校時代に一度読んだきりです(汗)epiさんは4回も読まれてるんですね、すごいな〜。
村上春樹と読者のメールのやりとりを収めた、『ひとつ村上さんでやってみるか〜』で、村上さんに影響されて『カラ兄』を読んだという読者が多くて、そろそろ再読しなくては、と思っていたところでした。古典新訳文庫の3冊も買って積んであります。あとは実行するだけなんですが、なかなか踏ん切りがつきません(笑)
猫のゆりかご
URL
2007/04/08 09:58
こんにちは。
>書くという行為には感情を浄化する作用があるという。
作者の自己救済が、そのまま読者のカタルシスになるときに「文学」の成立を思います。それはかならず「悲劇」ですけど。
村上春樹は『カラ兄』を読んだ読者を会員にするそうですね。『バー・スメルジャコフ』の。そこにグルーシェンカがいるなら!
M
URL
2007/04/08 11:03
>猫のゆりかごさん

こんにちは。
高校生にしてすでに『カラマーゾフ』をお読みになっている猫のゆりかごさんのほうこそ、すごいな〜^^
村上春樹さんにもっとも影響を与えた本のうちのひとつでもあるんですよね。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の終り近くで、主人公が三兄弟の名前を独白する場面がありましたっけ。

>古典新訳文庫の3冊も買って積んであります。

亀山さんの訳はほんとに読みやすいですよ。台詞は口語体ですし、巻末の「読書ガイド」も嬉しくなるほど親切丁寧で。亀山さんのファンになってしまいそうです。
epi
2007/04/08 18:53
>Mさん

こんにちは。
「坂のある非風景」、拝読しています。大変な状況で、コメントしようにも何と書いても軽薄な言葉になってしまいそうで、拝読するに止めていました。奥様の一日も早いご回復を願っております。Mさんご自身も、くれぐれもご自愛下さい。

>作者の自己救済が、そのまま読者のカタルシスになるときに「文学」の成立を思います。

そうです、わたしが言いたかったのはそういうことなんです! と書くのはずるいでしょうか(^^;)

>『バー・スメルジャコフ』
さっそく検索してしまいました。今は閉鎖しているみたいですね…。わたしも定年を迎えたら『カフェ・ミーチャ』とか開いてみたいなあ。あるいは『蕎麦屋 罪と罰』とか。
epi
2007/04/08 19:13
epiさん、こんばんは。
亀山先生にロシア語を習ったことのある者として、新訳を読んでおられるというのはなんとなく嬉しいことです。ちなみに私はここのところドストエフスキー離れが進み、書店でちょっと手に取ってみただけなのですが。。。
epiさんのように、仕事の合間をぬってという芸当はできないですが、いつかまたドストエフスキーを落ち着いた気分で読みたいと思います。
摩訶不思議
2007/04/29 22:21
>摩訶不思議さん

こんばんは。
摩訶不思議さんは亀山先生の生徒さんでいらっしゃいましたか。驚きました。いいな〜。亀山先生は実際にはどんな方なのでしょう。ブログを読むかぎりではユーモアと静かな情熱を感じさせるお人柄のようですが。

>ドストエフスキー離れ

そうでしたね。何か理由がおありなのだろうと拝察いたします。
わたしも一時期この作家を嫌いになって全集を売ってしまいました。ちょっと考え方についていけないところがあって。
でも、これだけの質の高い小説を書く作家って世界的にもあまりいないように思います。

摩訶不思議さんからご覧になればわたしの『カラマーゾフ』感想など噴飯ものでしょうが、素人ゆえご容赦下さいね(^^;)
epi
2007/04/30 23:23

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