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zoom RSS 『イン ザ・ミソスープ』 村上龍

<<   作成日時 : 2007/05/27 22:37   >>

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たとえば会津若松市で起きた高校生による殺人事件を報道で知ると、自分が生きている世界はなんと不可解で恐ろしい場所なのかと今更ながら気持がふさぐ。先日、『犯罪不安社会 誰もが「不審者」?』(光文社新書)を読み、現代日本の治安悪化は神話に過ぎないという二人の著者の主張を読んで、納得はしつつも違和感が残った。統計を丁寧に見れば凶悪犯罪は近年は減少傾向にある、にも関わらず治安悪化のイメージを多くの人々が抱いているのは一部の凶悪な事件を大々的に報道するメディアの影響であるという意見は頭では理解できても、どうしても胸にすとんと落ちない理由は、わたしが強力にメディアに「洗脳」されているせいかもしれないが、なんというか事件の質が不気味で、なぜそんなことをしたのか、その原因が判然としない事件が多い気がするせいでもあるだろう。そういう不可解な暴力を扱った小説を読む気になって、本書を手にとった。村上龍さんの小説を読むのはこれが初めて。

この小説の主人公ケンジは二十歳、外国人相手に東京のピンク・スポットを案内するのを仕事にしている。彼がこのたび相手することになったのは、フランクという中年のアメリカ人。夜の歌舞伎町をフランクに案内しながら、ケンジは徐々に、この人物に不信感を抱きはじめる。おりしも歌舞伎町では、バラバラにされた女子高校生の死体が発見されたばかりで、ケンジはフランクがこの事件に関わっているのではないかと疑いはじめる…。

異邦人が現代日本を観察する。殺人が起こる。ケンジはそれを見つめる。ぬくぬくと平和な「ミソ・スープ」の中に浸って生きている現代の日本人は、圧倒的な暴力を行使する者と遭遇した場合にもはや戦うことができない。パブの中で行われる殺戮の場面、そのグロテスクさはいうまでもなく、そこでの被害者たちの反応がいちいちリアルで読んでいるのが辛くなる。

この小説は、個人がバラバラの孤独をうそ寒く生きている現代のわたしたちの社会に、突如異質な「悪」が放り込まれた場合にどうなるだろうかという、ひとつのシミュレーションなのだ。
殺人者やケンジの口を通して語られる「現代日本への警鐘」めいた紋切型の台詞にはいささか辟易しないでもなかったけれども、そこには、人口に膾炙していながら結局そこから脱却できないこの国の現状に対する苛立ちめいたものも混じっていたかもしれない。

(前略)この国はでたらめだ。何がもっとも大切かという基準がない。大人達は、金と、何か既に価値の定まったもの、つまりブランド品のようなもののためにだけ生きている。テレビや新聞や雑誌やラジオやつまりあらゆるメディアから、自分達は金とブランド品しか興味がないし、必要でもないという大人達のアナウンスが聞こえてくる。政治家から官僚、その辺の屋台で安酒を飲んでいる最低のリーマンのオヤジまで、欲しいものは金しかないのだと生き方で示している。口では人生は金だけじゃないなどと偉そうなことを言うが、生き方を見るとやつらが他に何も探していないのがすぐにばれる。(略)そんなことを一言でも言うと、こんな食い物も充分にあって豊かな世の中で何を甘えたことを言ってるんだ、わたし達は芋を食いながらがんばってこんな金持ちの国にしたんだぞ、とじじい達から言われる。それも、こういう生き方は絶対にしたくない、と見ていて思うようなじじいに限って偉そうなことを言う。


…こういう文言ってうんざりするほど聞かされてきてもっともだと思うのに結局この先に進めないところに現代の閉塞感があるのでないかな。

本書の連載中に、神戸で児童連続殺傷事件が起こった。著者は「あとがき」でそのことにふれている。「どれだけ小説を書いても、日本的な共同体の崩壊という現実に追いつかない。」とも。「共同体の崩壊」の根幹には、「偶然の家族」たちの問題があるのだろうか。

序盤でケンジが確たる証拠もないうちからフランクを女子高校生の殺人事件と結びつけてしまったり、ケンジが殺戮を目撃したあとも警察を素通りしてしまうのはいくぶん強引な気がしたが、歌舞伎町でたむろしている空虚な日本人たちを描写する一節などは鋭くて感心した。
「イヤなやつはイヤな形でコミュニケートしてくる。人間が壊れている、というとき、それはその人のコミュニケーションが壊れているのだ。」なんて、素晴らしいと思う。

ホラー/サスペンス小説としても読めるのだけれど、なんとも孤独な現代の都市生活者たちの物語としても読めるだろう。
(幻冬舎文庫)

4877286330イン ザ・ミソスープ
村上 龍
幻冬舎 1998-08

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4334033814犯罪不安社会 誰もが「不審者」?
浜井 浩一 芹沢 一也
光文社 2006-12-13

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