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zoom RSS 『風土』 福永武彦

<<   作成日時 : 2007/05/29 15:04   >>

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福永武彦の処女長編。出版されたのは「塔」のほうが先になるのだが、着手したのはこちらのほうが早いので、これが処女作であると著者が自ら述べている。
この小説の内容については著者はこう語る。
「フランスの伝統的な心理小説の線に沿って、それを『意識の流れ』で裏打ちして書いてみたいという技術的な企図から出発し、日本という特殊の風土に育った芸術家の主題と結びつけました。愛することにしか希望を持てなかった人間の不幸を描いています(以下略)」だそうです。

処女作には作家のすべてがあるとよくいわれるけれど、この長編ほどそれが当てはまるのも珍しい。人間の孤独、愛することの恍惚と不安、芸術と人生の葛藤、水のイメージ、美術、音楽など福永文学の重要なモチーフのほとんどが、この処女作に含まれている。

主人公は中年の画家、桂。彼は海辺の避暑地に、かつて愛した女性、芳枝を訪ねて15年ぶりにやって来る。当時の芳枝は桂の愛に気づかず、共通の友人の妻となったのだが、その夫は今では亡くなっている。夫婦の間には道子という15歳の少女がいた。この避暑地に病気療養に来ている作曲家見習いの少年、久邇(くに)は道子に恋をしている。
こんな、絶対に一波乱起こるに決まっている絶妙なシチュエーションで物語は始まる。

三部構成になっていて、第一部は上の四人が過ごす1939年の夏を物語る。
第二部は1923年、まだ若い桂が同じこの避暑地で過ごした夏の一日が(それは彼にとって決定的な一日だった)、彼の遡行的な記憶の流れと交互に描かれる。
第三部はふたたび1939年の夏に戻り、桂と芳枝、道子と久邇、それぞれの恋のゆくえと、第二次世界大戦の勃発が語られる。

桂はかつてはパリに行って技術を磨き、偉大な画家になることを夢みていた野心家だったが、今では自分の限界を知り、芸術にも人生にも失望している。芳枝もまた、夫を失って物足りぬ日々を送っている。この二人が再会して恋の炎が燃え上がるという展開はいかにも通俗的で、そんな大人たちの恋愛よりも道子と久邇のそれのほうが面白い。わがままで気まぐれな道子に翻弄され、おろおろする久邇の可愛らしさは、『失われた時を求めて』のアルベルチーヌと語り手を彷彿とさせる。そう、この二人はまさに、「花咲く乙女」と「若い芸術家」なのだ。道子のためにピアノ曲を作曲したのに、彼女と気持の行き違いがあってそのことをうまく伝えられない冒頭から、この二人のちぐはぐな恋のゆくえを非常に楽しく読んだ。大人たちの恋愛の深刻さに比べて、健康的な少年少女の恋のなんとみずみずしいことよ。桂よりも、この二人のことをもっと読みたいと思わされる。15歳の頃、わたしもこんな恋がしたかった…。

この小説は二人の芸術家の肖像を描く。画家の桂と、作曲家見習いの久邇と。『草の花』や『死の島』同様、本作も芸術家の物語なのだ。
桂は日本という独特の美をもつ世界(風土)から一度も外国へ行かずに西欧的な美の表現である油絵を極めようとして、結局果たせず挫折した、いわば敗北者である。彼は芸術家としての自分に愛想を尽かし、なんとか生きる希望を得ようとかつて愛した芳枝のもとを訪ねたのだった。芳枝も彼に惹かれるが、だからといって桂がこの恋愛から生きる力をどれだけ得たかは怪しい。
久邇は未だ海のものとも山のものともつかぬ駆け出しの芸術家に過ぎない。彼は桂との出会いを通して成長していくが、最後には挫折も経験せねばならなくなる。しかし久邇はまだ若い。のちに彼が一人前の芸術家になれるか否かは小説には書かれないので、読者が想像するしかない。残念ながらわたしはこの少年もまた、桂と同じく時代の流れに弄ばれた末、敗北者になるのではないかという気がするのだが、それは誰にも分からない。

「古い古い日本」と西欧との比較が何度も議論されるが、こんなに真剣に文化や芸術について侃侃諤諤やりあうなんて今時の小説ではお目にかかれないだろう。白けた気分にならないといったら嘘になるが、これは時代の変遷だから仕方ない。かつては「芸術か、人生か」と真剣に悩んだ若者たちがいたのだろうから。

処女作とはいえこの完成度には感心した。たしかに上に挙げたしつこい議論の箇所などは若書きといえなくもないし、中途半端な終り方にも不満はあるのだけれど、決して退屈せずに読めて、ところどころで感嘆し、読んでいる最中は時間を忘れさせてくれるのだからやはり福永武彦は偉い作家だと思う。
(新潮文庫)

4101115044風土
福永 武彦
新潮社 1972-06

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