epi の十年千冊。

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zoom RSS 『ロング・グッドバイ』 レイモンド・チャンドラー

<<   作成日時 : 2007/07/08 16:44   >>

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チャンドラーの名作。ハードボイルド小説の古典として名高い。「さよならをいうのはわずかのあいだ死ぬことだ」の台詞は知らない人でも知っている。新訳は、旧訳でカットされていた箇所も訳してある、いわば完訳。

戦後間もないロス=アンジェルス。
私立探偵のフィリップ・マーロウはある夜、バーの駐車場で酔いつぶれている男を介抱する。男の名前はテリー・レノックス。大富豪を父にもつ女の夫で、不思議な魅力をもったこの人物にマーロウは惹かれる。何度か会い、酒を飲み交わすうちにお互いに打ち解け、淡い友情が芽生えた矢先、レノックスの妻シルヴィアが何者かに殺害される。その後、レノックスは妻殺しの容疑をかけられ、逃亡先のメキシコで拳銃自殺を遂げる。しかしマーロウにはレノックスがそんな事件を起こす人物とはどうしても信じられない。警察やギャングから圧力がかかる中、マーロウは独自に調査を開始する。

しょうじきいうと、それほど感銘を受けなかった。たしかに最後まで読ませるパワーはある。が、やたらと細部の描写に凝ったり本筋と関係のない寄り道をしたりするところがもどかしくてならなかった。訳した村上春樹さんはそういう細部にこそチャンドラーの面白さがあると「訳者あとがき」に書いているけれど、うーん、わたしとしては簡潔にグイグイいってほしかったなあ。
レノックスの自殺のあと、マーロウが、アル中のベストセラー作家の件に関わっていく展開には破綻しないかと思わずヒヤヒヤ。しかし、はじめのうちは無関係と思えた二つの事件が実は無関係ではなかった…という後半の展開は楽しく読めた。

グレート・ギャツビー』と同様、本作も村上さんの大切な一冊らしい。ほとんど村上さんの小説を読んでいないわたしでも、この表現は村上春樹っぽいな〜と思えるところが多々あって、わたしですらそうなのだから春樹ファンの方はなおのこと、類似点というかルーツというかを本書に見出すのではないだろうか。金髪女をタイプ分けしてユーモラスに列挙していくくだりなんて、読んでいて「村上春樹じゃん、これ」と思ったら、「訳者あとがき」でその場面が好きだ、と書いてあったのでああ、やはりと頷いたり。『ギャツビー』ではさほど感じなかったが、本書にはかなり「村上春樹」を感じた。マーロウは『ハードボイルド・ワンダーランド』の<私>に似ている気がしたのだけれど、どうでしょう、ファンの方。わたしの友人にも村上春樹ファンが一人いるので、ぜひ彼に本書を読んでもらって感想を聞いてみたい。Sくん、読んでみて。

約40ページの「訳者あとがき」は読みごたえがある。とくに本書と『ギャツビー』を絡めて論じた箇所などはとても興味深かったし説得力もあった。でも、レノックスにはギャツビーに感じたような愛情をわたしは覚えなかったなあ。こちらの小説のほうが登場人物たちの設定年齢が高いから、という理由にしておこうか。ギムレットが似合う歳になって読み返してみたら、面白くてたまらなくなっているかもしれない。

マーロウはドライだけれどセンチメンタル、自分の得になると分かっていても、気に入らなければそれを蹴ってしまう不器用な男。ベージュのトレンチコートがよく似合うでしょう、たぶん。カッコいいのは認めるが、気の利いた台詞を連発しすぎる。もう少し抑えなさい。
↓は彼自身によるフィリップ・マーロウ。
「私はロマンティックな人間なんだよ、バーニー。夜中に誰かが泣く声が聞こえると、いったい何だろうと思って足を運んでみる。そんなことをしたって一文にもならない。常識を備えた人間なら、窓を閉めてテレビの音量を上げる。あるいはアクセルを踏み込んで、さっさとどこか遠くに行ってしまう。他人のトラブルには関わり合わないようにつとめる。関わりなんか持ったら、つまらないとばっちりを食うだけだからね。最後にテリー・レノックスに会ったとき、我々は私が作ったコーヒーをうちで一緒に飲み、煙草を吸った。そして彼が死んだことを知ったとき、私はキッチンに行ってコーヒーを作り、彼のためにカップに注いでやった。そして彼のための煙草を一本つけてやった。コーヒーが冷めて、煙草が燃え尽きたとき、私は彼におやすみを言った。そんなことをやっても一文にもならない。君ならそんなことはしないだろう。だから君は優秀な警官であり、私はしがない私立探偵なんだ。(後略)」


有名なデザイナーによるものらしいが、表紙のデザインはいまいち。文庫ならともかく、単行本でこれはいただけない。ペーパーバックとは違うんだから。旧訳版のほうがよかったし、東京創元社のチャンドラーはさらによい。
(早川書房)

4152088001ロング・グッドバイ
レイモンド・チャンドラー 村上 春樹
早川書房 2007-03-08

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4150704511長いお別れ
レイモンド・チャンドラー 清水 俊二
早川書房 1976-04

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4488131018大いなる眠り
レイモンド・チャンドラー 双葉 十三郎
東京創元社 1959-08

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コメント(7件)

内 容 ニックネーム/日時
epiさん、お久しぶりです。
私はロング・グッドバイは学生時代(もう25年も前のことです)に
読みました。これは趣味の問題ですが、私もあまり感銘を受けません
でした。小説としての構成が弱いのが気になりました。
ただこの小説を絶賛する人が多いのは事実です。私も当時は読解力の
なさからこの小説の真価が分からなかったのかもしれません。ギムレ
ットが似合う歳になったので(歳を過ぎた?)、久しぶりに部分的に
拾い読みでもしてみようかと思ったりもします。

なおラスト近くの次の文章だけはカッコイイので覚えています。
「彼はサングラスを外した。人間は眼の色を変えることはできない。
『ギムレットには早すぎる』と彼は言った。」
アルトゥール
2007/07/08 17:27
>アルトゥールさん

こんばんは。
おお、アルトゥールさんもイマイチでしたか。でも、たしかにこの小説のファンの方は多いですし、そうなるとわたしの感受性および読解力に問題があるのかな…とちょっと寂しい気持になります。でも自分に嘘はつけませんしねえ…。

>ラスト近くの次の文章

ここはカッコいいですよね。25年経ってもアルトゥールさんに残っているフレーズがあるのだから、やはり本書は並ではないということでしょうか。わたしも経験を積み、研鑽を重ね、ギムレットの似合う大人の男にならねば…
epi
2007/07/08 18:23
こんにちは。epiさんがさほど感銘を受けなかったとは正直意外でした。
こればっかりは個人の趣味の問題ですから、いくら名作と言われていたってブログで絶賛の声が多くたって、自分の感想は正直に書くべきだと思うので、epiさんの感想は潔くて好感が持てました。(私も、いくら他の人のブログで絶賛されていても、自分が面白く感じられなかったらその旨はっきり書くようにしてます。じゃなくちゃ意味がないですもんね)

細部に拘って、物語とは直接関係のなさそうな事柄を細かく語っていく手法は、私はハマってすごく楽しめました。特に、3人の医師を訪ねていくくだりは村上春樹もあとがきで書いてましたけど、最高に面白かったです。
私は村上春樹は小説もエッセイもほとんど読んでますけど、『ギャツビー』はそのまんま春樹だなーっと思いましたが、『ロング〜』の方はあまりというかほとんど春樹くささ(?)を感じませんでした。(私の所感なので当てになりませんが 汗)
猫のゆりかご
URL
2007/07/09 09:36
(続きです)
フィリップ・マーロウのキャラは作りに作ってあって、実際こんなヤツいるわけない、とか思いますが、それが楽しめるか楽しめないかで、好き嫌いが分かれてくるのかな。
こんなはずじゃなかった人生・・。それが身にしみて解ってくるのはやっぱり中年以降にさしかかってからなのでしょうか。最後、何もかも明らかになった後で「ギムレットには早すぎる」のセリフ。あー、そうきたか、やるな〜チャンドラー!と、激しく心を揺さぶられました。20年後のepiさんの、再読した感想が読みたい!(それまで生きてるのか?私)
猫のゆりかご
URL
2007/07/09 09:37
>猫のゆりかごさん

こんばんは。
そうですねえ。この読後感はわたし自身、意外に感じましたよ。ことあるごとに「読むのが楽しみ」と言ってきたわけですから。『ギャツビー』には賛辞を惜しみませんが、これはちょっと合わなかった。

細部を、寄り道を楽しめるか否かが好悪を分ける点の一になるかもしれませんね。3人の医者の場面はわたしがもどかしく思った箇所ですもん(^^;)

>『ギャツビー』はそのまんま春樹だなー

う…真逆だ…。どうもわたしの村上春樹イメージは偏っているみたいですね…。また、こうやってフッツジェラルドまたはチャンドラーを「村上春樹」というフィルターを通して見ようとしている自分にもちょっと嫌気が。次読むときは旧訳にしてみようかなと思います。

>「ギムレットには早すぎる」

キマリすぎですね。ある意味わたしも、ギムレットには早すぎたのかもしれません…(^^;)
わたしがいちばんシビれた台詞は、
「私は自分と恋に落ちるつもりはないし、ほかに恋に落ちるべき相手はもうどこにも見あたらない」
フィッツジェラルドの引用ですが、くうう〜となりました^^
epi
2007/07/09 19:31
私は最近旧訳を読みました。
3人のV医師を訪ねるくだりは確かに無駄です。
でもチャンドラーの長編には必ずこういう無駄シーンがあるんですよね。
「かわいい女」の第30章、「高い窓」の第24章とか、私なんかはそういう無駄さがチャンドラーの魅力だと思います。
この「長いお別れ」では実はテリー・レノックスのくだりも全部無駄と言えば無駄なんです。でもカットしちゃったらもはやこの小説ではないですよね。

村上訳については私は読んでいないし、読む気も今のところないのですが、長くてまどろっこしいという人も多いようなので、旧訳の清水訳をお読みになるのをお勧めします。この村上訳よりも約20%短いそうです。
piaa
URL
2007/08/11 15:26
>piaaさん

『ロング・グッドバイ(長いお別れ)』はたしかにpiaaさんのおっしゃるとおり「犯罪小説の形を借りた純粋な現代小説」だと思います。わたしはてっきり推理小説とばかり思って読み始めたので、テリーがいなくなってしまったら小説が破綻してしまうのではないか、ととんちんかんなことを思ってしまったのです。まして、チャンドラーを読むのはこれが初めてで、無駄シーンがチャンドラーの特徴とも知りませんでしたし…。

機会があれば次にチャンドラーを読むときは清水訳のほうを読んでみようと思います。
epi
2007/08/11 22:17

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