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zoom RSS 『民衆の敵』 イプセン

<<   作成日時 : 2007/07/25 01:29   >>

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五幕の悲喜劇。場所はノルウェー南部のある町。温泉が名高く、訪れる観光客たちによって町は潤っていた。しかし医師ストックマンはこの温泉が毒菌によって汚染されていることを発見し、即刻使用を禁止すべきと警告する。彼の意見はジャーナリストやプチブルに熱烈に支持されるが、温泉を改良するのに莫大な金額と二年間の閉鎖が必要とわかると支持者たちは途端にストックマンを疎んじるようになる。名物の温泉が財源の町にとって風評被害は甚大であり、一旦閉鎖してしまったら安全が確保されたのち再開したところで訪れる観光客はもはやいないだろう。観光客がいなくなれば町の財政はどうなる。「町のため」と正義感にかられて真実を明かにしてしまえば不幸になる人間が大勢出る。それならば黙って知らぬふりを決め込むことこそ町のためになるのではないか…。

周囲の狂人呼ばわりにも妨害にもめげず、ストックマンはあくまで真実を公表することを諦めない。しかし兄である町長から圧力がかかる。どうしても翻意しないというのであれば免職ののち、町から追放するぞ、と。ストックマンは屈しないが、彼の妻は怯える。食べるパンも決まった収入もない生活になってしまったら、未だ幼い子どもたちはどうなる。彼女は言う。「この世の中にはみすみす正しくないと知りながらも、身を屈めなくてはならない場合がいくらもありますわ」。
妻の諫言にもストックマンは折れない。そしていよいよ愚劣な世間(=民衆)に対する憎悪を深めていく。

企業の不祥事を知るたびに、なぜもっと理性的な判断ができなかったのか、短期的な利益と長期的な経営を天秤にかけられなかったのかと不思議に思ってきたが、なるほど内部に目をこらせばやむにやまれぬ事情があったのかもしれない。
仮に自分がこの町の民衆の一人だったとして、ストックマンに対してどう反応しただろうか、彼の正義に同調しただろうかと考えてみると、即座にイエスといえない自分がいる。真実は大事だが、町とそこで暮らす人々を犠牲にしてまで明らかにする必要があるのか。ないのか。重い問いだ。答えはあらかじめ決まっているとしても。

劇は終盤で思いがけない展開を見せる。なぜ作者はここまで人間の醜悪を描かねばならなかったのだろう。本編中のストックマンの呪詛はただごとではない。世界の滅亡すら望むようになる。

はじめは「民衆の友」と喝采されたストックマンはやがて「民衆の敵」と罵られる。正義漢ストックマンは「友」であるか「敵」であるか、読者一人ひとりにその判断は委ねられた。
(本書は旧字体です)

竹山道雄 訳(岩波文庫)

4003275020民衆の敵
イプセン 竹山 道雄
岩波書店 1939-09

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