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zoom RSS 『日の名残り』 カズオ・イシグロ

<<   作成日時 : 2007/07/26 22:43   >>

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「好みもあると思いますが、「日の名残り」epiさんはきっと好きなんじゃないかなと(勝手に)思ってます、実は。」
とは「りつこの読書メモ」のりつこさんのお言葉。りつこさんがおっしゃるのだからたぶんその通りなのだろうと思って読み始めたらやっぱりそうだったので二重の意味で嬉しかった。りつこさんとは「よい」「よさそう」と感じる部分が似ている気がしている。イシグロははじめて読んだ。

イギリス。1956年7月。
かつては名門貴族の屋敷だったダーリントン・ホールに勤めている初老の執事スティーブンスは、屋敷の新しい主であるアメリカ人から休暇をもらい、一週間の自動車旅行に出かける。彼には旅の目的があった。長い月日、ともにダーリントン・ホールで働き、いまは西部で暮らしているミセス・ベン(ミス・ケントン)を訪ねること。その旅の途中で、スティーブンスの心にさまざまな思い出が去来する。

読む前は退屈そうな予感がしていたのだがとんでもない。決して派手な展開があるわけではないにもかかわらず、とにかく読ませる。なぜか。その答えは主人公スティーブンスの語りにある。

小説はスティーブンスの一人称の語りで進行するが、彼はいわゆる「信頼できない語り手」だ。「申せましょう」「ありますまいか」「存じます」といったいかにも厳格な執事らしいもったいぶった言い回しにはじめは戸惑った。しかし、少し進むと彼の回想とほかの人々との間には齟齬があることに気づく。スティーブンスは何かを隠していないか。あるいは、自身にとって不都合な事実にふれるのを回避していないか。全体の三分の一を過ぎたあたりからこの主人公に(好感を抱きつつ)疑いを強めた。そう、この小説はミステリー的な謎解きの要素を含んでいる。それが先へ先へと読者をいざなうのだ。小説の終りでスティーブンスはついに真実を語ることになるだろう。

品格ある執事を目指して一生を仕事に捧げ尽くしたスティーブンスは、いまや老いのために衰えてきている。以前なら考えられなかったようなミスを犯してしまう。彼は人生のたそがれどきに、改めて自分の一生を振り返る。彼が到達した自己認識はつらいものだ。好きな女一人、自分のものにできなかった。品格ある執事になるという目的を、いつしか人生の言い訳に使うようになっていったところに彼の悲劇は起因していたのだろう。そのことに気づいたから、彼は泣いたのだ。あかりの灯った、夕暮れの桟橋で。

本書はしみじみしているだけではなくユーモラスな小説でもある。最後の場面などはその最たるものだろう。哀愁のなかにも未来への希望のようなものは残る。まだ桟橋の向こうに沈みきらない太陽の、最後の光のように。味わい深い。素晴らしいの一言に尽きる。

土屋政雄 訳(ハヤカワepi文庫)

4151200037日の名残り
カズオ イシグロ Kazuo Ishiguro 土屋 政雄
早川書房 2001-05

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
懐かしい本を思い出させていただきました。
「日の名残り」は、アンソニー・ホプキンス主演で映画化されていますが、映画も素晴らしい出来でした。ブライトンの海岸での夕暮れ時の様子など、再びよみがえってきました。イギリスのバトラーは、完璧主義で有名ですが、やはり、人間ですから、隠された悲哀があって、それを静かに上手に描いている小説だと思いました。
nobis
2007/07/27 09:02
epiさんらしいとても丁寧な感想で感動しています。
ああ、そうなのそうなの、私もそう思ったの!そう言いたかったの!って。

そうですね。未来への希望を感じさせてくれるラストですよね。自分のこれまでの人生を振り返って涙を流す一方で、これからはユーモアも身につけて精進していこうと前を向くスティーブンスがとても素敵です。
黄昏って寂しいけど、ここに出てくる黄昏は少しあたたかい気がします。
りつこ
2007/07/27 21:31
>nobisさま

はじめまして。コメントありがとうございます。
そう、映画化されているんですよね。未見なのですがパッケージが渋くて、そのイメージがあったので読むのを敬遠していたのをもったいなく思いました。アンソニー・ホプキンスの執事は風格満点ですねえ…。「映画も素晴らしい出来」とのこと、さいきん映画を見ていないのでぜひ見たいです。
epi
2007/07/27 22:28
>りつこさん

りつこさんとは波長が合うなあと勝手に思っています。わたしは現代の海外作家に疎いので、りつこさんを頼りにします(^^)

スティーブンスの冗談はつまらないというか、意味がわからなかった…。ウケなかったことをうじうじ一人反省会を開いているところは面白いですけれど。これから勉強だ!

彼が「おセンチな恋愛小説」をめぐってミス・ケントンといちゃつく(?)場面はよかったなあ。あのときもっと距離を詰められれば、彼と彼女の人生は違っていたのでしょうか。

記事をお褒めいただきありがとうございます。でも、りつこさんこそ、素晴らしい記事を書いてらっしゃいますよ。『大統領の最後の恋』や『テヘランでロリータを読む』の記事、大好きです^^
epi
2007/07/27 22:38
映画『日の名残り』を調べていてこちらにたどりつきました。とても感動した作品の一つです。これといった大きな事件が起こるわけではありませんが、映画が進むにつれて、じわじわと心に染み入るような作品でした。

「本書はしみじみしているだけではなくユーモラスな小説でもある。最後の場面などはその最たるものだろう。哀愁のなかにも未来への希望のようなものは残る。まだ桟橋の向こうに沈みきらない太陽の、最後の光のように。味わい深い。素晴らしいの一言に尽きる。」

最近、よい小説にめぐり合えずにいたところでした。素晴らしい作品のようですね。原作も是非読んでみたいと思いました。ご紹介に感謝です。
ETCマンツーマン英会話
URL
2013/10/08 13:26
>ETCマンツーマン英会話さん

コメントありがとうございます。
当方、映画は見ておりませんが名作であるということだけ知っております。カズオ・イシグロは『わたしを離さないで』といういい小説も読みましたが、『日の名残り』のほうが情緒があってよかったように記憶しています。だいぶ前のことで曖昧なのですが。
epi
2013/10/09 17:45

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