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zoom RSS 『永遠平和のために/啓蒙とは何か 他3編』 カント

<<   作成日時 : 2007/08/16 15:09   >>

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古典新訳文庫を読む」と言った矢先に、来月の同文庫が刊行一周年記念で五点刊行すると知る。煽るなあ。丘沢訳カフカや野崎訳『赤と黒』なんて、よだれが出そうになってしまった。

それはそうとカントを読んでみた。
哲学に疎いので、今こそカントなのか、今さらカントなのか、今でもカントなのか、それすらわからない。
本書に収められているのは政治哲学、歴史哲学の論文。
「啓蒙とは何か――『啓蒙とは何か』という問いに答える」
「世界市民という視点からみた普遍史の理念」
「人類の歴史の憶測的な起源」
「万物の終焉」
「永遠平和のために――哲学的な草案」
以上の五編。
本書は読みやすいカントとして評判らしい。わたしは阿呆なのでこれでもじゅうぶん難しかった。訳者による充実した解説(100ページもある)に大いに助けられた。


「啓蒙とは何か」の内容は乱暴に一言でまとめると、「自分の頭で考えろ」。他人の指示を仰がねば何もできない未成年の状態を脱し、自らの理性を使うべし。しかし自分の頭で考えるということは独断論に陥る危険性をつねに孕む。それを防ぐためには、他者の意見や考えを柔軟に受け止めなくてはいけない。

「世界市民という視点からみた普遍史の理念」は九つの命題から成っており、「被造物のすべての自然的な素質は、いつかその目的にふさわしい形で完全に発達するよう定められている」という著者の信念に基づいて、啓蒙された人類が国際的な連合(世界国家)を樹立するまでのあれこれを述べている…のだと思います、たぶん。
興味深いのはカントが性悪説的な人間観をもっていること。人間は本来の属性は悪であり、そこから生まれる欲望や嫉妬や所有欲や支配欲が結果として人類の歴史を前進させてきた、とカントは述べる。もし人間の属性が善であれば、彼らは完全な協調のうちに平和な牧羊生活を送っていただろう、とも。

「人類の歴史の憶測的な起源」は聖書の記述に沿ってカントが自らの歴史考察を述べる。農耕と牧畜のはじまりをはじめ、聖書って歴史書としての価値もある書物なのかと今さらながら気づかされたというひどいありさま。

「万物の終焉」は歴史の終焉についての考察と、キリスト教の信仰を強制することで生じる皮肉なデメリットについて述べる。キリスト教は隣人愛を説くが、それが自然な感情によるのではなく強制されたときにはただ義務によってなされるにすぎない。義務で他人を愛することはキリスト教の説く隣人愛とは異なる。ゆえにキリスト教信仰を権力によって強制するとキリスト教のキモの部分を失うというジレンマに陥るだろう…みたいなことを書いています、たぶん。

「永遠平和のために」は半分ななめ読みなので何も書く資格はないのだが…。「戦争原因の排除」「国家を物件にすることの禁止」「常備軍の廃止」「軍事国債の禁止」「内政干渉の禁止」「卑劣な敵対行為の禁止」を説き、永遠平和に向けての考察を述べる。ここでとくに注目したいのが、カントは全世界がひとつの国家にまとまることは人類のためにはならないとしている点。もし人類がひとつの国家にまとまってしまえば安穏のうちに人類の進歩は停滞するだろう、だから平和状態は競争する国家間の力のバランスがとれている状態において実現すると述べるのは実際的だと思った。


わたしの場合、この手の難しい本は一気に読破しようとするとまず挫折する。一月かけて読むつもりで取り組まないと無理。今回は最後の「永遠平和のために」で息が切れた。これが阿呆の悲しさよ。ゆっくり時間をかけて読む心の余裕ができたときに再読してみたい。
中山元 訳(古典新訳文庫)

4334751083永遠平和のために/啓蒙とは何か 他3編 (光文社古典新訳文庫)
カント 中山 元
光文社 2006-09-07

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