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zoom RSS 『わたしを離さないで』 カズオ・イシグロ

<<   作成日時 : 2007/08/20 20:35   >>

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どうしてこんなに入念に登場人物たちのこころの動きを追うのか。心理描写にこだわるのか。親衛隊ごっこのような、ありきたりの、誰でも似たような経験のある、普通の出来事についてページを割くのか、はじめのうちはわからなかった。まだるっこしくも感じた。それが、最後まで読んで理由がわかった。これも「証拠」のひとつだったのか。

謎が多い。小説の語り手は少しずつそれを明らかにしていく。さり気なく匂わせるような語り方によって、読者はヘールシャムで生活する少年少女たちの境遇とシンクロする。はっきりとは知れされなくても、なんとなく知っているような気持ちになる。
やがて一人の女性教師が生徒たちの前であることを口にする。「あなたがたは教わっているようで、実は教わっていません。それが問題です。形ばかり教わっていても、誰一人、ほんとうに理解しているとは思えません。……」

ルーシー先生とエミリ先生の見解はそれぞれ異なる。いったいどちらが正しかったのだろう。トミーは言う。「ルーシー先生が正しいと思う。エミリ先生じゃない」。そうだろうか。本当に、そうなのだろうか。何が待っているとわかっていてなお、人間は現在を一所懸命に生きられるのだろうか。将来が見えているのに、文学や美術について議論したり、論文を完成させようとモチベーションを維持できるだろうか。だれもが、そんなに強く生きられるだろうか。恐怖から、不安から、絶望から、道を踏み外してしまう場合もあるのではないか。「すべてが無意味だ」と生徒に言われてしまったら、教師はどうしたらいい? 言い返すことなんて、できない。

少女はラジカセから流れる音楽に合わせて、一人ぼっちで踊る。赤ちゃんに見立てた枕を抱えて。
「ネバーレットミーゴー……オー、ベイビー、ベイビー……わたしを離さないで……」
偶然その姿を目撃した女性は、のちに語る。
「新しい世界がやってくる。科学が発達して、効率もいい。古い病気に新しい治療法が見つかる。すばらしい。でも、無慈悲で、残酷な世界でもある。そこにこの少女がいた。目を固く閉じて、胸に古い世界をしっかり抱きかかえている。心の中では消えつつある世界だとわかっているのに、それを抱き締めて、離さないで、離さないでと懇願している。……」

檻のような世界ですくすくと伸びやかに育っていく子どもたち。
自分たちの未来に待っているものも知らずに。
かわいそうな子どもたち。いとおしい、普通の子どもたち。
いつかきみたちが、ノーフォークで再会できますように。



4152087196わたしを離さないで
カズオ イシグロ
早川書房 2006-04-22

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タイトル (本文) ブログ名/日時
カズオ・イシグロ【わたしを離さないで】
ネタバレなしで内容を説明するのが難しい、読書ブロガーには厄介な本。 ...続きを見る
ぱんどらの本箱
2007/08/21 11:40
わたしを離さないで/***
わたしを離さないで 早川書房 ...続きを見る
た ま む し い ろ
2007/08/21 22:13
『わたしを離さないで』
「こころが漂流している。」 何もはっきりとは書かれていない。 秘密が明かされて行くのも、小出しにされるというよりも、読んでいる自分たちさえ最初から知っていて暗黙の了解の上に会話をしているような気になる。 公然の秘密を共有しているような感覚。 曖昧な.. ...続きを見る
おかめはちもく。
2007/08/22 07:29

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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
とても美しくてとても残酷な物語でしたよね。
「日の名残り」と比べてどちらが好きかと聞かれたら、私は圧倒的に「日の名残り」が好きなんですけど、でも今こうして思い出しても鳥肌がぞわぞわと立つんですよね。すごい力のある小説だなぁと思います。
りつこ
2007/08/21 23:07
TBさせて頂きました♪
仲良しのブロガーさんに音楽通な方がいらして、ご自分のHPで"Never Let Me Go"を聴けるようにして下さいました。もしお聴きになりたければ、コメント欄からどうぞ。
おかげで非常にこころに残っている本です。
それに、近い将来…ありそうだし…ねぇ。
ヤヤー
URL
2007/08/22 07:34
あ、TB送信失敗してます。ショック。
ヤヤー
URL
2007/08/22 07:39
>りつこさん

『日の名残り』と比べたら…う〜ん、甲乙つけがたい。どっちも好きです(^^;)あ、翻訳は同じ方ですね。訳文は今回も素晴らしかった。

わたしはたぶん、この小説をちょっとヘンな読み方をしています。小説のメインテーマよりルーシー先生とエミリ先生の葛藤が気になったんです。どちらも自分に正しいと思ったことをやった。でも、教師の側にとっての正しさとは別に、生徒の側にとっての正しさというのもあって、それが異なる場合はどうしたらよいのだろう。何が正しくて何が間違っているとは一概にいえないのではないか。そこを考えてしまって。
これは、たとえば癌の告知の難しさとかとも通じると思うのです。絶対に避けられない運命の前で、周囲の人間は何をすべきなのだろうって。
この問題については、絶対的な答えなんて存在しないのかもしれませんが…。
epi
2007/08/22 09:08
>ヤヤーさん

ああ、すみません! TBは承認制にしてあるのです。しっかり届いていましたよ(^^)

そして。
実はすでにヤヤーさんのところにもお邪魔していました。はい、"Never Let Me Go"も聴いていました(^^)いいなあ〜って。曲を知っているとキャシーが踊る場面のイメージがまた違ってきますね。よりリアルになる。
実は本記事にヤヤーさんがご紹介されているペーパーバックの表紙がすてきだったので、わたしも貼ろうかなあと迷ったのですが、かぶるのもアレだろうと思いまして却下しました(笑)

>近い将来…ありそうだし…

じゅうぶん、考えられますよね。そのときに、わたしたちの社会は「ホーム」と「ヘールシャム」のどちらを選択するのか。
前者…なのかなあ。
epi
2007/08/22 09:22

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