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zoom RSS 『変身/掟の前で 他2編』 カフカ

<<   作成日時 : 2007/09/16 02:16   >>

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ブログをはじめて一年以上が経過したのに、まだカフカに関する記事はひとつもなかったのか、と自分で驚いている。カフカはわりと熱心に読んだ数少ない作家の一人。といってもさすがに手紙や日記の収められた新潮社版全集までは読んでおらず(言い訳めくがブロート版が底本のこの全集を読む気にはあまりなれない)、白水社から出た池内紀訳『カフカ小説全集』の全6巻をくまなく読んだだけなのだが。この白水社版の底本の批判版全集が最新のカフカ全集だと思っていたら、本国ではさらに新しい史的批判版全集というのが出ていたという。これは紙本とCD-ROMのセットで、手稿と翻字の見開き対応になっている。今回読んだ丘沢訳カフカはこの史的批判版を底本にしている。

『変身』を読むのは何回目になるか。優に十回は読んでいるだろう。高橋義孝訳の新潮文庫と池内訳の白水社版と。よく知っているのに読み始めると止まらない。不思議な魅力をもつ小説だと思う。
はじめて読んだときはなにやら意味がわからず、腹が立った。その後実存主義やら不条理といった世間に流布したイメージに毒されてその気になって読んだりもしたが、どうやら馬鹿馬鹿しい話のようだという気が次第にしてきた。池内訳が出たので数年ぶりに読んでみたら、なんとも気持の悪い話だったことに気づいて吐き気がした。そのうち、この気持悪さが一種の快感となり恍惚さえ覚えるようになり、カフカにはまることになる。だからわたしにとってカフカと池内紀さんは切り離せない。ところが丘沢さんは、わたしの(勝手な)恩人である池内さんを本書のあとがきで批判している。いったい池内訳のどこに問題があるのか。

丘沢さんによると、池内訳は大幅なカットがされているのだという。たとえば本書にも収録されている「判決」の場合、太字の部分がなくなって文章が短くなっていると指摘する。
ぼくはほんとうに幸せだ。そして、君との関係もちょっと変化した。といっても、君にとってごくありきたりの友人ではなく、幸せな友人になったということにすぎないのだが。いや、それだけじゃない。婚約者が君によろしくと言っている。

「ちゃんとくるまれているか」と父親がもう一度たずねた。返ってくる答えを待ちかまえているようだ。
「大丈夫、ちゃんとくるまれているよ」
「違うだろうが!」と父親が叫んだ。答えが質問に衝突したのだ。父親は毛布をガバッとはねのけた。

手もとに白水社版がないので比較しようもないのだが、ブロート版が底本の岩波文庫版『カフカ短篇集』では、たしかに池内さんはどちらの部分もカットしている。丘沢さんが述べているとおり、なぜ池内訳では「答えが質問に衝突したのだ」といういかにもカフカ的フレーズが切り捨てられたのだろう。首をひねってしまう。
こういった点から、丘沢さんは池内訳を「往年の大家の演奏みたい」、「カフカより高いポジションに立って翻訳したような大胆さ」と皮肉る。

でもまあ翻訳の種類はたくさんあるならあったほうが、ないよりはよい。わたしにとっては翻訳の正確さ云々とは違う次元で、池内カフカは大切な存在。しかし史的批判版の出た現在、さらに新しいカフカを読みたいという気は当然起きる。丘沢さんにはぜひ、カフカが創出した「新たなる秘教(坂内正)」たる『城』の新訳を…! って、当分はまずありえないですよね…。


ああ、本編にふれずしてすでにこんなに書いてしまった。『変身』についてはいまさら何を書いてももう仕方ないというか、あまりに多くのことが語られすぎていて書くことはもはやない。坂内正さんは『カフカ解読』のなかで「この小説の古典的完成については今更いうまでもない」と述べているがまさにそのとおりだろう。さいきんではコミュニケーション不全のお話として、意志の疎通ができない場合の残酷な喜劇として読んでいる。カフカは感傷とは無縁の作家だが、虫になったザムザが、ヴァイオリンを弾く妹に向かって音楽学校に入学させてやる意志があったことを告白したがる場面は哀切だ。父親や妹との関係などは作者の自伝的な要素も含んでいるのだろう。笑える話であり(カフカは友人たちの前でこの小説を大笑いしながら朗読したという)、またぞっとする話でもある。

眉間に皺を寄せてカフカを読むという風潮はたぶんもうないものと思うが、未だ不条理云々といわれるのには違和感がある。たしかにカフカの小説には、ある朝目が覚めたら虫になっていたり、身に覚えがないのに訴えられたり、雇い主からいつまで経っても連絡がこなかったり、奇妙といえば奇妙なシチュエーションが多い。しかしそれをいったら小説なんて大半は不条理だし、わたしたちが日々生きている現実世界だって不条理だし、つまり世界とは不条理以外の何でもないのだから、ことさらカフカを語る際に不条理という単語を用いるのはいかがなものかという気がしないでもない。べつにカフカの世界だけがとくべつ不条理なわけではないだろう。まさに「論よりカフカ」。まずはカフカを虚心坦懐に読むことからはじめよう。
あともうひとつ。カフカの笑いだけではなく、エッチさにも注目すべき、と個人的には思っている。『審判』や『城』はなかなかいやらしいし、医者が看護婦を愛人にしている短篇もたしかあった。エッチなカフカ。なんかよくないですか、このフレーズ。


本書にはほかに「判決」「アカデミーで報告する」「掟の前で」を収録。今回も解説およびあとがきはおもしろく読めた。丘沢さんは会話の部分を翻訳するときいちいち改行せず、原文どおり訳すべきというこだわりがあるようだが、この点については賛否があってよいと思う。あんまりページがびっしり文字で埋まっているのはイヤだ、という読者もいるわけだから(たとえば宮下志朗さんの新訳『エセー』の場合、独自の判断で適宜改行がされている)このあたりの判断はまさしく翻訳者の個性の問題になるだろう。もちろん文学者であるなら改行ひとつ行うのも、読点ひとつ打つのも熟慮の末なのだろうが。
わたしとしては文字がびっしり詰まったページより、適当な空白のあるページのほうが好きだなあ。活字中毒(!)でも本の虫でもない、ただのヘタレな本読みなので。



4334751369変身,掟の前で 他2編 (光文社古典新訳文庫 Aカ 1-1)
カフカ 丘沢 静也
光文社 2007-09-06

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4560071527変身―カフカ・コレクション (白水uブックス)
フランツ カフカ Franz Kafka 池内 紀
白水社 2006-03

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4102071016変身 (新潮文庫)
カフカ
新潮社 1952-07-30

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「変身・断食芸人」カフカ作 山下肇, 山下萬里訳 を読んで
変身・断食芸人 (岩波文庫)カフカ(作) 山下肇, 山下萬里(訳) カフカの「変身」を初めて読んだのは、高校生のとき、現代文の教科書でだった。 でも教科書に載っていたのは、冒頭の部分だけだったので、正確には読んだとはいえない。 授業の内容は、よく覚えていないけれど、.. ...続きを見る
そういうのがいいな、わたしは。
2007/10/01 00:35

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは。
常識人の?僕に『変身』を笑って読むことはできませんが、前に聞いたことがあるのが、ロシア人はドストエフスキーを笑いながら読む、ということでした。例えば『罪と罰』のスヴィドリガイロフが自殺する直前のエジプト人との会話であるとか。
世界の古典がプッと笑える、そんなのもあっていいんだな、と。
Mr.マクベ
2007/10/04 22:17
>Mr.マクベさん

こんにちは。
そういう意味ならわたしも常識人?です。『変身』は笑えません…。非常に憂鬱になります。しかし、カフカに限らず名作文学と呼ばれるものにはけっこう「笑い」の要素が含まれていますよね。ドストエフスキーもその一人だと思いますし。わたしは軽い人間なので、ユーモアのないものにふれるのは疲れるので苦手であります…(笑)
epi
2007/10/05 10:49

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