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zoom RSS 『パルプ』 チャールズ・ブコウスキー

<<   作成日時 : 2007/09/25 00:00   >>

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まあとんでもない小説だ。ストーリーは破綻している。しかしおもしろい。ダントツにおもしろい。

といってもわたしはブコウスキーのファンでも愛読者でもなくて、それどころかろくに読んですらいない。本書のほかに読んだことがあるのは『町でいちばんの美女』一冊きり。しかもそれも内容はきれいに忘れており、つまらなかった記憶だけが残っている。だからブコウスキーについてあれこれ書く資格なんて本当はこれっぽっちもない。

主人公はニック・ビレーンという55歳の探偵。独身。競馬と酒が大好きで、仕事そっちのけで競馬場または酒場通いをしている。三度の離婚暦あり。かなり腹が出ているメタボリック体型。一言でいえば冴えない男。チャンドラーのマーロウとは似ても似つかない。しかし、こういうダメ男にはなぜか感情移入してしまう。

ニックはいくつかの依頼を受ける。最初の依頼は死んだ作家セリーヌを探してほしい、というもの。本書が書かれたのは1994年。セリーヌは1894年生まれの1961年没(本書のなかではセリーヌの生年が違って書かれていてかなりいい加減)。とっくに死んでいる作家とそっくりの男を見た死神に、彼が本物のセリーヌかどうか、「フランス最大の作家」かどうか、たしかめてほしいと依頼される。そのあとで、並行して「赤い雀」を探してほしいだの、宇宙人の女を追い払ってほしいだのと荒唐無稽な依頼が相次ぐ。まさに『パルプ』のタイトルに相応しい安っぽさ。すばらしい安っぽさ。

ニックがろくに仕事をせず、競馬場と酒場に入り浸っているうちに、事件はほかの登場人物たちが勝手に解決していってしまう。これほど活躍しない探偵が主人公の探偵小説もあまりないだろう。

馬鹿馬鹿しいストーリー(誉め言葉)よりも、むしろわたしとしては、繰り返されるこの世への呪詛と嫌悪、そしておそらくは著者自身のものだろう人生への悔恨の叙述が非常に印象に残ったし、本書を絶賛する理由もひとえにそこにある。ブコウスキーにとって本書が遺作だったそうで、晩年になり、死を身近に感じ、その感覚が執筆になんらかの影響を及ぼしたのではないかと邪推してしまう。人間はだれでも必ず死ぬ、わたしもあなたも必ず死ぬ、ということをブコウスキーは表現を変えつつ繰り返し述べており、それがこのユーモラスな小説に憂いの影を落としている。

待っている間にハエを四匹殺した。まったく、そこらじゅうに死が転がっている。人間、鳥、獣、爬虫類、齧歯動物、昆虫、魚、みんないつかはかならずやられる。がっちり仕組まれちまってる。どうしたらいいのか。気が滅入ってきた。たとえば、スーパーの袋詰め係を見るとする。そいつは俺が買った食い物を袋に詰めている。と、俺には見えてしまうのだ。そいつが自分の体を、トイレットペーパーやビールや鳥の胸肉と一緒に自分の墓につっこんでる姿が。


ターフ・クラブの前を通った。なかをのぞいてみた。年寄り連中が何人かいるだけだ。みんな金を持ってる。どうやって儲けたんだろう。だいたい人間、どれくらい金が要るんだ? そもそもなんの意味がある? あの世へ行くときはみんな一文なしだし、たいていは生きてるときからそうだ。じわじわ弱っていくしかないゲーム。朝、靴をはけるだけでも勝利だ。


苦労と痛みによって人は生かされつづける。あるいは苦労と痛みを避けようとすることによって。それだけで十分フルタイムの仕事だ。


生きることは不条理だとかいうけど、それだけじゃない、掛け値なしの重労働だ。一生で何回下着を着るか、考えてみるがいい。げっそりしてくる。うんざりしてくる。アホらしくなる。


正直言って、何もかも嫌気がさしてきた。俺はどこへも進んじゃいないし、世界全部がそうだ。俺たちみんな、ぶらぶらしながら死ぬのを待ってるだけだ。それまでのすきまを埋めようと、あれこれしょうもないことをやっている。しょうもないことさえやってない奴もいる。人間なんて野菜だ。俺だってそうだ。自分がどんな野菜かはわからんが。気分としてはカブだ。


ぐっとくる。胸がスカッとする。自分では気づいていなかったけれど、人生や世の中を憎悪したかったのだと気づかされた。憎むには気力と体力がいる。疲れたときには憎む力すら湧いてこない。本書を読んで、憎むためのエネルギーを身内に充填した。愛することと同様、憎むこともまた生きている人間の証であり特権だと思っている。わたしは、誰かを深く愛すると同時にべつの(べつでなくてもいい)誰かを深く憎める人間として生きたい。

本書を読まずに人生を生きるのは、大きな損失である。


4102129138パルプ (新潮文庫)
チャールズ ブコウスキー Charles Bukowski 柴田 元幸
新潮社 2000-03

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4054006183パルプ
チャールズ ブコウスキー Charles Bukowski 柴田 元幸
学習研究社 1995-11

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勝手に生きろ!
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空蝉の証しに
2008/09/12 10:18

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