epi の十年千冊。

アクセスカウンタ

zoom RSS 『死ぬ瞬間』 エリザベス・キューブラー・ロス

<<   作成日時 : 2007/10/21 00:00   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 7 / トラックバック 1 / コメント 0

本書は1969年に出版されて以来、現在にいたるまで全世界で広く読みつがれている、ターミナルケア(末期医療)の「聖書」。著者はチューリッヒ生まれの精神科医。臨死患者のケアと死についての理解を深めるための目的でセミナーを主催していたのがこの本を書くきっかけになったと冒頭で述べている。

前半は末期ガンなどの病気により余命いくばくもない臨死患者が死へといたる過程で観察される「死の五段階説」を唱える。これは患者が自らの死という悲劇的な知らせに直面したときに見せる反応で、精神医学の用語で「防衛メカニズム」と呼ばれる。

死の五段階説
根治不可能な病気による死を医師から告げられた患者が示す段階的反応。
第一段階 否認と孤立
「医師の診断は誤りではないのか」「ほかの医者にあたれば違う診断を下すのではないか」など現実を否認する。

第二段階 怒り
「なぜ他人ではなく自分なのか」と怒りがこみ上げてくる。健康な人間への妬みも混じる。

第三段階 取り引き
「少しでも命を延ばしてもらえるなら、その後の人生は『神に捧げる』『教会に奉仕する』」など、運命と取り引きをしようとする。

第四段階 抑鬱
長引く入院、重なる治療などで体力と気力が衰え、もはや自分の病気を否定できなくなり、喪失感が大きくなっていく。

第五段階 受容
避けられない死を受け入れ、最期のときが訪れるのを静かに待つようになる。ただしこれは必ずしも幸福な状態ではなく、感情が欠落した状態である。
ある患者の言葉。「長い旅路の前の最後の休息」。

ほぼすべての臨死患者がこの五段階を経て死を迎えたのが観察されたと著者は述べている。これらの段階は順を追ってあらわれるが、ときには重なる場合もある。たとえば「怒り(第二段階)」のさなかに「否認(第一段階)」が部分的に起こることはある。最後の「受容」の段階にいたっても、諦念のあいまに悲嘆に暮れる「抑鬱(第四段階)」が起こることはある。

後半には著者が行った約200人の臨死患者へのインタビューの一部が収録されている。そこには、病気の両親と障害をもった息子を残して死んでいくのが不安でたまらない女性や、キリスト教信仰を支えにしている17歳の少女と彼女の母親、また患者本人は死を受け入れる準備ができているのに家族がそれを受け入れられないために「らくに死ねない」と嘆く男性などが登場する。死に直面した人たちの言葉はそれぞれ示唆に富み、興味深く、そして重い。まれに見られる患者のユーモアにも、どこか悲壮感が漂う。死にゆきつつある人間と、(とりあえずは)健康に生きていられる人間とのあいだにある大きな溝を感じる。
たとえば、27歳で3人の子どもを残して死に瀕している女性は看護婦であるシスターにこう述べる。
「これが神のご意志だなんて言いにきたのなら帰ってください。それを言われると我慢ならないの。わかっているけど、こんなに苦しいときに、美しい言葉を聞いてもどうにもならないのよ」。


わたしにはまだそういう経験はないけれど、もし身近な人が死に瀕していたとしたらどう接したらよいのだろう。本書には患者の家族たちの反応のケースについても書かれている。それによれば、陽気な仮面をつけて患者の前で明るく振舞うより、「あなたがいなくなることが悲しくて、つらい」と本心をさらけ出すほうがよほど患者の慰めになるという。
また告知の問題は非常に難しいと感じていたが、死を告げられた患者のほぼ全員が「告知されてよかった」と話しているというデータには考えさせられた。もちろん何も知らずにいたい、真実の重みに耐えられる自信がないというかたもいると思うし、いてよいと思うが、わたし自身は、根治が不可能な病に冒されたとしたらはっきりとその旨を知らせてほしいと思っている。そうすれば身の回りの整理ができるし、残される人たちと自分の死後の問題についても話し合うことができるから。

死について考えるうえで非常に示唆に富む内容だった。分厚いが、翻訳もとても読みやすい。著者は本書を著したあと次第に神秘思想に傾いていったらしいが、本書にはそういった傾向はとくに見られない。刊行されて40年近くが経過しているとはいえ内容は非常に濃く、「古典的名著」の名に相応しい一冊と思う。死は決しておそれるべきではなく誰にでも平等に訪れるものであり(「歴史上死ななかった人間はいない」養老孟司)、死とは生の一部なのだということを本書から学べるだろう。

「言葉をこえる沈黙」の中で臨死患者を看取るだけの強さと愛情をもった人は、死の瞬間とは恐ろしいものでも苦痛に満ちたものでもなく、身体機能の穏やかな停止であることがわかるだろう。人間の穏やかな死は、流れ星を思わせる。広大な空に輝く百万もの光の中のひとつが、一瞬明るく輝いたかと思うと無限の夜空に消えていく。臨死患者のセラピストになることを経験すると、人類という大きな海の中でも一人ひとりが唯一無二の存在であることがわかる。そしてその存在は有限であること、つまり寿命には限りがあることを改めて認識させられるのだ。七十歳を過ぎるまで生きられる人は多くないが、ほとんどの人はその短い時間の中でかけがえのない人生を送り人類の歴史という織物に自分の人生を織り込んでいくのである。



4122037662死ぬ瞬間―死とその過程について (中公文庫)
エリザベス キューブラー・ロス Elisabeth K¨ubler‐Ross 鈴木 晶
中央公論新社 2001-01

by G-Tools






テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 7
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた 驚いた
ガッツ(がんばれ!)

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
"『Tea with Elisabeth』出版記念Ken Ross写真展"に寄せて
 今日(2007.11.3)、六本木の国際文化会館で行われた標記の写真展に行って ...続きを見る
東京の図書館をもっとよくする会
2007/11/21 19:55

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
『死ぬ瞬間』 エリザベス・キューブラー・ロス epi の十年千冊。/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる