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zoom RSS ひとたびは見失われた道を往く

<<   作成日時 : 2008/01/04 00:00   >>

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新宿紀伊国屋書店のブックフェア「じんぶんや」のページに、四方田犬彦さんがエッセイを寄稿されている。タイトルは「読むことのアニマのための50冊」。

本を読むさいにもっとも悪い読み方とは、勉強のために、仕事のために読むことである。レポートとか論文を書くために、情報を手に入れるために、目的と効率、それに読み終わる時間などを計算に入れながら、何かを調べるために、キチンと机に坐って読むことである。科学史家のバシュラールはそれを、アニムスの読書と呼んでいた。そんなことをいくら続けていても、少しも面白くない。面白くないことばかり続けていると、『シャイニング』のジャック・ニコルソンのように頭がおかしくなってしまう。

本を読むさいにもっとも理想的な読み方とは、勉強とも仕事とも無関係に読むことである。ただ好きな本だけを気の向くままに読み、途中で飽きたら放り出し、またその気になったら手に取り直すといった、気ままな戯れのうちに読むことである。雨が降って外に出たくない日、本棚から雑然と何冊もの書物を取り出して、ベッドのなかで読み続ける。読んでいるうちに、あれはこうだろうとか、これはどうだったっけなといった考えが浮んできて、思いもよらぬアイデアに結実することがある。魂は気ままに遊んでいるように見えて、実は見えないところで探求を続けていたのだ。

先に引いたバシュラールにいわせると、これはアニマの読書ということになる。アニムスの読書は結局のところ、少ししか読まない。アニマの読書はたくさん読む。貪るように全世界を読みつくそうとする。アニマの読書は、子供時代に戻って、ひとたび見失われた道を辿るかのようにして読むことだ。


あれも、これも、とつい手を伸ばしては飽きて途中で本を放り出してしまう人間として慰められる。

ピカソは晩年にこんなことを語ったとか。
「ミケランジェロのようにはすぐに描けるようになったが、子どものこころで描けるようになるのに一生かかった」。
上に引いた四方田さんの文章と通じる部分がありはしないか。
何もかもを忘れて、子どもに帰って無心に本を読めたら。夜寝る前の布団のなかで、窓から西日の射す放課後の図書館で、本がたくさんある友だちの家で、多忙な両親のために預けられた広いだけが取柄の古い祖母の家で、夢中で本を読んだように。


人間も三十路になると、何かとすること、せねばならぬことが多くなってきて、いくら楽しいからといっても本ばかり読んでいるわけにもいかなくなる。惜しくはあるが、減ってくる時間の合間を縫っていかに本を読むか、時間を確保するかに楽しみを見出すのも一興だろう。以前に「読みたい長編小説のリスト」なるものを作ってみたが、どうなることやら。

もともと体系的に本を読んでこなかったし、未だにそう。興味の範囲が広いといえばよく聞こえるが、なに、要は集中力を欠いているというだけの話なのだ。まあ、何でも面白がれるというのは有難いことなのかもしれない、と思うようにしている。読み出して途中で放り出してきた本の数は、たぶん読了した本の数よりもずっと多い。しかし放り出した本とも、気が向けばまた再会することは大いにあり得る。精神はつねに変化しているのだから。


今日も漫然と、寝転がって、煙草を吸いながら、珈琲を飲みながら、欠伸をしながら、本を読み続ける。「ひとたび見失われた道」を再び見出し、往くために。そこにはなにか約束のように思える部分がなくもない。誰との? 子どもだった自分とのだ。現在の自分が過去の自分と約束をしたのでその逆ではないから、この言い方は少しおかしいかもしれないけれど。


現在読書中(漫然と)。
画像


やや遅くなりましたが、2008年もよろしくお願いいたします。


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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
epiさん、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします♪
こうやって本が積んであるのって、わくわくしますねー。思わず首を横に傾けてタイトルを読み取ろうとしてしまった…。首が痛い…。
楽しみのためだけに読書をするって、一番贅沢なことなのかもしれません。
りつこ
URL
2008/01/04 23:02
>りつこさん

ご無沙汰しております。今年もよろしくお願いします^^
ケータイで撮ったので画像が不鮮明です。却ってそのほうがよいかと思ったので撮り直しませんでした。
本が積んであるとつい書名を見たくなりますよね。また、倒錯的かもしれませんが、本を処分するときもある種の快感を覚えます。なぜだろう?

贅沢とは基本的に無用のものでなくてはならないでしょう。アニマの読書がそれです、きっと。
epi
2008/01/05 00:24

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