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zoom RSS 『鼻/外套/査察官』 ゴーゴリ

<<   作成日時 : 2008/02/16 00:00   >>

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ゴーゴリが描き出すのは奇怪な幻想の世界。本書は有名な「鼻」「外套」の二短編と、代表的戯曲「査察官」の三作品を収録。この新訳ではゴーゴリが落語調に、いわば二重に翻訳されている。違和感はまったくなく、むしろ以前に読んだ岩波文庫の平井肇氏による翻訳よりはるかに作品世界に親しめた。巻末の、訳者による解説も充実している。

「鼻」は、下級官吏のコワリョフがある朝目をさましたら自分の鼻がなくなっていて、あちこちを捜すうちに紳士の姿になった鼻を見つけ、自分の顔に戻るよう説得を試みるのだがいかんせん相手のほうが身分が上のために強く出ることができず、おろおろするうちになくなったときと同じような突然さで鼻がもとの場所に戻ってくるというナンセンスな短編。芥川龍之介が処女作の「鼻」を書いていたとき、机上にはこれが置いてあったとか。

落語調の訳文が具体的にどういうものか、例として引用する。以下は、朝になって目をさましたコワリョフが自分の顔の真ん中から鼻がなくなっているのに気づく場面。
八等官のコワリョフはかなり早くめざめまして、唇で「ブルルッ……」って音をたてました。これ、目をさましたときにやるいつもの癖なんです。なんでそんなことをするのかというと、これが当人にもわからないってんですから、困ったもんです。で、ウーンと伸びをすると、テーブルの上にある手鏡を持ってくるように言いつけた。きのう鼻の上にできたおできの具合を見てみようってんです。ところがああた、驚くまいことか、鼻のあるべきところが何もなくて、つんつるてん! 腰を抜かしたコワリョフは水を持ってくるように命じて、タオルで目をこすってみますが、あいや、まさしく鼻がない! まだ夢でも見てんじゃないかと手でさわってみますが、どうやら夢ではないらしい。ガバと寝床からとび起きると、やっこさんブルッと体をふるわせた――鼻がないっ! すぐさま着替えを命じると、その足で警視総監のところにすっ飛んでいった。



「外套」は、貧しいが筆耕という自分の仕事に誇りを持っている五十過ぎの下級官吏アカーキー・アカーキエヴィチの物語。倹約を重ねて金を貯め、夢にまで見た新調の外套を来て夜道を歩いていたところ、追剥ぎに会ってそれを奪い取られ、彼はショックから死んでしまう。その死後、ペテルブルグのある界隈では夜道を歩く人間の外套をむしり取る幽霊が現われるようになったという。

ギムナジアを卒業したゴーゴリ青年は俳優になるのを志してペテルブルグにやって来たがオーディションに落選し、不本意ながら生活のため役所の書記として二年ほど働くのだが、このときの経験が「鼻」や「外套」などのいわゆる「ペテルブルグもの」を執筆するさいに役立つようになるのだから、人生何が幸いするかわからない。

さて「外套」はロシアにおけるヒューマニズムの、またはリアリズムの文学の祖たるゴーゴリ像を語るさいに必ず言及される短編だ。ドストエフスキーの「われわれはみな、ゴーゴリの『外套』から生まれた」という言葉もある(この言葉は有名だが、以前に読んだ『21世紀 ドストエフスキーがやってくる』で、ある執筆者はこれがドストエフスキー本人の言であるのを否定していた)。しかし訳者の浦氏はこの紋切型のゴーゴリ像を否定する。いったいゴーゴリ文学のどこがリアリズムなのか。ゴーゴリ文学の特徴とはむしろ「正気の沙汰とは思えない奇妙きてれつな出来事、グロテスクな人物、爆発する哄笑、瑣末な細部への執拗なこだわりと幻想的ヴィジョンのごったまぜ」なのだ、と。
余談になるがこの短編を元ネタにして、後藤明生は『挟み撃ち』という傑作を書いている。


「査察官」は、政府からの査察官が視察に来るという噂を聞いた地方都市の役人たちが無関係の若者を査察官だと思い込み、彼を歓待するという、「取り違えもの」の喜劇。地方都市の役人たちの不正と堕落がこれでもかと描かれており、本来なら検閲を通るはずはなかったのだが、ゴーゴリびいきの貴族たちが皇帝ニコライを説得し、上演にこぎつけた。観劇を終えた皇帝が「みんなやられたな。わしがいちばん手ひどくやられた」と語ったとか、語らなかったとか(岩波文庫『ロシア文学案内』)。もっともゴーゴリ本人には体制批判の意図はさらさらなかったらしい。


ゴーゴリの作品を読んで連想したのが、ありがちながらブルガーコフとカフカの二人。ブルガーコフの『巨匠とマルガリータ』はゴーゴリ的幻想が膨張したカーニバルの世界だった。朝目を覚ましたら虫になっていた男を書いたカフカと、朝目を覚ましたら鼻がなくなっていた男を書いたゴーゴリを関係の糸で結びたくなるのはまあ当然の心理で、「査察官」の名前がそっくりな二人の地主は『城』の双子の助手を連想させる。なにより人物が無機的に、モノ的に描かれているところに共通点を見たのだが。


4334751164鼻/外套/査察官 (光文社古典新訳文庫)
ゴーゴリ 浦 雅春
光文社 2006-11-09

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ああ、そういえばノルシュテインははたして「外套」を完成させられるのだろうか。






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