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zoom RSS 『旨いものはうまい』 吉田健一

<<   作成日時 : 2008/03/11 00:00   >>

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『旨いものはうまい』とは人を食ったタイトルだ。

食べることにほとんど関心がなかった。夕食は牛丼チェーン店やコンビニ弁当や場合によっては菓子で済ませたりしていた。そんな人間が、うまいものを食うのって楽しいものだなあと思うようになれたのは職場の同僚たちの影響が大きい。食いしんぼうが揃っている。話をしたり一緒に食事をしたりするうちに、うまいものを食べることは愉快なのだと思えるようになり、つまりはまともな、ふつうの人間にようやくなれた。といって食通を気取るつもりはさらさらないので残業で遅くなればファミレスに寄るし、食べればなかなかうまい。

そういうふつうの人間だからグルメとか食通とかいう言葉が大きらいで、何々は何々屋の何とかに限る、なんて話をきくとげんなりして胸がいっぱいになってしまい食事どころではない。著者の吉田健一は吉田茂の長男として生まれ、子どものころを中国やイギリスやフランスで過ごし、大学はケンブリッジともう本物の良家のご子息で、だから食べるものも何々屋の何とかばかりかというとあにはからんやそんなことはまったくなくて、大阪のかやく飯を「本ものの食べものの味がする」といい、「駅弁の味が解らない人間が料理の話をするなんて可笑しい」という。こういう常識的なところがヨシケンのたまらない魅力だと思っているので、逆にこれを意外に感じてしまうようでは非常識なのだろう。

食道楽といふ言葉がある。併し食べるのが楽しくないといふのが既に可笑しいのである。
例へば病気の時がさうで、いつも病気も同然の状態にある人間もゐるには違ひなくて現代に生きるものはそれが当り前だといふのでその種の人間が幾ら殖えてもそれがやはり例外であることに変りはない。現代の人間はどうか知らないが大概のものは生きてゐることを喜ぶもので食べずにゐれば飢ゑ死にするから食べるのは楽しいことに決まつてゐる。これは食べる為にといふのが生きて行く為にといふのと同義語に用ゐられてゐることからも察せられて、それ故に食べものの旨さを考へ、食べて旨いものを探して廻つても食道楽とか食通とかの汚名を被る理由にならない。
(中略)
もしそれで旨いものは先づ体にいいものであるならば何かを旨いと思ふのは生きる喜びに繋ることであり、旨いものをまづくして食べることはないのみならず旨いものはこの喜びを通して精神にとつてもいいに違ひない。それでその意味から旨いものを探して廻るといふ理屈だつて付けられる。


ヨシケンも書いているが食事をもっとも楽しむのには旅がいちばんだ。旅行に行けばその土地の名物は食べたいし、日本には各地にうまいものがたくさんある。しかし何もその土地の名物でなくても、旅先で食うものには独特の味わいがあるとヨシケンはいう。

どんな片田舎の食堂で食べた親子丼だつて、それにはそれの風情がある。見知らない町で、言葉も碌に通じない客に囲まれて辺りを眺め廻し、自分の家や仕事などのことはどこか遠くに霞み、土間には紛れもなく温い日光が差してゐて、口から胃に流し込む親子丼の味を、口は、「旨いぞよ、」と頭に報告してくれる。腹が一杯になつて来ると、知らない所に来てゐる好奇心が、腹一杯になつた人間の満足感と一緒になつて、生きてゐることが有難くならなければどうかしている。この、環境はすつかり違つてゐて、人間にとつて本能的なことだけが残り、それがいつもとは違つた新鮮味を帯びるのが旅といふものを楽しくし、旅で食べるものをあんなに旨くするのだといふ気がしてならない。

旅先での食事についてはこんなこともいっている。
旅といふのは日常生活からの解放であつて、それだけに寂しいものでもあるので、それを飲んだり食つたりして紛らせてゐる訳なのである(寂しくて、腹が減ってゐる上に碌に飲めもしない時の名画、大建築、風光明媚などが何だと言ひたい。変に気持をいらいらさせるだけで、そんなものは何もないよりなほ悪い)。


食うほうだけではなく、飲むほうについても書かれている。「いい日本酒ほど水に近い」とはヨシケンの名言だそうで、これを読んだら通人気取りでつい他人に言いたくもなるが、そんな野暮をヨシケンはもっともきらったのだろうから言わないことにして思うだけにする。しかし読んでいてこんなに日本酒が飲みたくなる文章はめったにない。「犬が日向ぼつこをしてゐるのを見ると、酒を飲んでゐる時の境地といふものに就て考へさせられる」だの、「もし貴族的といふのが洗練されてゐるといふことなら、フランスの上等のシャトオものもいいものであるが、樽の日本酒もこれに引けを取らなくて、支那人が君子と呼んだのがどういふ種類の人間なのか解らないが、飲んでゐる間、何となくその君子になつたやうな気がする」だの、こんな文章を読んで飲みたくならないほうがどうかしている。酒は基本的に外で飲むものだという一節にも共感を覚える。

日本のものにせよ外国のものにせよ、食ってみたいものはいくらでもある。が、いまいちばんに望むのは、どこか海辺の食堂で、月に照らされた海を見ながら湯豆腐か何かを肴にうまい日本酒を飲むことだ。どうして自分は海辺の土地に生まれなかったのだろう。くやしい。



4758431388旨いものはうまい (グルメ文庫)
吉田 健一
角川春樹事務所 2004-10

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