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zoom RSS 『クリスマス・キャロル』 ディケンズ

<<   作成日時 : 2008/03/22 00:00   >>

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一人の我利我利亡者が精霊の導きによって改心する。

小説の舞台は19世紀半ばのロンドン。訳者によれば、彼の国で興った産業革命がいよいよ本流となって国は工業化の道を突き進み、都会がかつてない人口を吸収して、新興市民である労働者階級が普通選挙権を求めて運動を展開したヴィクトリア時代。とくにこの小説が発表された頃は大飢饉が続発して、多数の市民が困窮した1840年代で(「飢餓の四十年代」)、今でいう格差が広がり、都市人口の三分の一が赤貧に喘いだ時代であったという。貧しい人たちがささやかな幸福を享受するという筋書きはメルヘンの王道ともいうべきもので本作もその系譜に属するが、しかし現実は決して甘いものではなかったろう。

今は亡き友人の共同経営者とともにひと財産を築いたスクルージ老人は、吝嗇で損得にがめつい守銭奴だ。愛だの善意だのよりも、金貨のほうがはるかに大事。しかしこれぞプロテスタント精神か、商売が大成功を収めても富にあかして贅沢に耽ることはしない。財産家の今でも、おんぼろのアパートに一人きりで暮らしている。身寄りは甥のフレッドを除いていない。気難し屋だから親しい人もなし。仕事上の付き合いのある人間がいるだけだ。

老齢の男が一人きり、安アパートで暮らしている姿を想像すると寒々しいものがある。本人が何といおうと、どう思っていようと。余計なお世話といってしまえばそれまでで、考えてみればこの小説も結局は余計なお世話のお話だ。
クリスマス・イヴの夜、アパートに一人きりのスクルージのもとを、死んだ友人マーリーの亡霊が訪れる。亡霊はスクルージに生き方を改めよと忠告し、過去・現在・未来を司る三人の精霊たちが明日からの三晩にやって来ると告げる。
翌晩からの三日で、精霊の示すヴィジョンによって己の過去・現在・未来を見たスクルージは、凝り固まっていた欲望から解放され、これまでの冷血でエゴイスティックな生き方を見直し、善意の人として新生する。めでたしめでたし。

スクルージが改心する決定的な一撃となるのは、未来を示す精霊によって見せられたヴィジョンだ。アパートで一人きり、看取る人もなく死ぬのは今でいう孤独死だ。自分が死んだからといって、悲しんでくれる人もいない。それどころか貧窮に喘ぐ女中たちは、スクルージの亡骸からシャツを剥ぎ取って質屋にもっていく始末で、「人の死までも売り買いの種にする見下げ果てた外道ども」に彼は愕然とする。
自らの死を自覚することで心境に劇的な変化が起こるパターンは、「イワン・イリイチの死」がそうだったし、『死ぬ瞬間』でも観察されている。スクルージの場合幸運だったのは、自らが死に瀕する前に未来のヴィジョンとして自らの死を見ることができた点にある。それで彼はこれまでの生き方を反省して「いい人」として蘇生できた。

教訓的なお話で臭味がないわけではないので、それよりはクリスマスに賑わう19世紀のロンドンの雰囲気の描写に惹かれる。みなが浮き浮きし、街を歩きながら知った顔に出会えば「メリー・クリスマス!」と挨拶する。前かけをした母親は七面鳥やらなんとかプディングやら、あるいはブラックベリー・パイか、よく知らないがそんな感じのクリスマス料理を作るのにおおわらわで、暖炉の前では安楽椅子に腰かけた爺様が膝に掛けたブランケットの上に読みかけの新聞を置いてこっくりこっくり船を漕ぎ、大きい子どもたちは一張羅を着、下の子たちは兄さん姉さんのお古のセーターを着て、霜の降りた窓に顔を寄せて、父親の帰りを今か今かと待っている、やがてくたびれた背広姿の父親が通りの向こうに見えるとわっと騒いで頬を高潮させ、お迎えしようと玄関のほうへ駆け出していく、その騒ぎに爺様は眠りを破られ、母親ははしゃぐ子どもらをたしなめかけるが今日は特別な日だからと大目に見てやる――本書を読んでいてそんなある家族のクリスマスの風景が目に浮かんできて、それからその英国のクリスマスが日本のそれとどれほど違っているかを思い(むろんディケンズの書いたクリスマスは現在の英国のそれとも違っているだろうがそれ以上に)、やはりクリスマスという祝祭はけっきょくキリスト教圏の国のものなのだということがよくわかる。輸入してみたところでこの小説に描かれるようなクリスマスは、とくに現在の日本では過ごされることはないだろう。むしろかつての和製クリスマスのほうが近かったか。ホリケンの『若者殺しの時代』によれば、カップルのためのイベントとしての(つまりは強力な消費イベントとしての)クリスマスは1983年に始まった、らしい。


貧しさのうちに何か優しいもの、美しいものは現実にあるだろうか。ディケンズの時空ではなく、現代日本の貧困のうちに、だ。
エンデは『モモ』に「貧しい人たちだけがやりかたを知っているお祝いの仕方」と書き、漱石は「いかに人間が下賤であろうとも、またいかに無教育であろうとも、時としてその人の口から、涙がこぼれるほどありがたい、そうして少しも取り繕わない、至純至精の感情が、泉のように流れ出して来る事を誰でも知ってるはずだ。君はあれを虚偽と思うか」と『明暗』の登場人物に言わせている。しかし現代の日本を覆う閉塞感や格差の拡大(これに関しては研究者間で意見の相違があるようだが)、貧困者の増加などを見ると、ディケンズのこの小説はやはりメルヘン――古きよき時代の幸福な寓話としか読めない。美しいいいお話ではあるが、逆にいえばそれだけともいえる。


……初読のときは感動して泣きそうになったんだけどね…。


4334751156クリスマス・キャロル (光文社古典新訳文庫)
ディケンズ 池 央耿
光文社 2006-11-09

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4334751091イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ (光文社古典新訳文庫)
トルストイ 望月 哲男
光文社 2006-10-12

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4122037662死ぬ瞬間―死とその過程について (中公文庫)
エリザベス キューブラー・ロス Elisabeth K¨ubler‐Ross 鈴木 晶
中央公論新社 2001-01

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4061498371若者殺しの時代 (講談社現代新書)
堀井 憲一郎
講談社 2006-04

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4001141272モモ (岩波少年文庫(127))
ミヒャエル・エンデ 大島 かおり
岩波書店 2005-06-16

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4480021698夏目漱石全集〈9〉 (ちくま文庫)
夏目 漱石
筑摩書房 1988-06

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クリスマス・カロル ディケンズ(著),村岡花子
紹介文作品の主人公は、エベネーザ・スクルージという初老の商人で、冷酷無慈悲、エゴイスト、守銭奴で、人間の心の暖かみや愛情などとは、まったく無縁の日々を送っている人物である。ロンドンの下町近くに事務所を構え、薄給で書記のボブ・クラチットを雇用し、血も涙も... ...続きを見る
ばみの乱読日記 と猫雑貨。
2010/01/10 06:50

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