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zoom RSS 『シャネル―最強ブランドの秘密』 山田登世子

<<   作成日時 : 2008/03/29 00:00   >>

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たとえば友人の結婚式に出席するために、普段着るのとは違う、洒落たデザインのスーツを着ると気持がよくなる。カッコいいモノであるそれを着ている自分を意識すると同時に、他人に見られることも意識して悦に入るのだ(もちろん実際には他人はわたしなど見ていないのだろうけれど、自意識過剰な人間にとっては実際に見られているかどうかも、「見られている」と思い込むことも、たぶん大差ない。だって最初から自己完結しちゃっているわけだから)。
そう、お洒落も生きる楽しみのひとつだ。

シャネルが世界で「最強」のブランドかどうかは知らない。知らないけれども、ルイ・ヴィトンやエルメスやグッチと並んで、実際に見たことがない人間でも高級ブランドと聞くと真っ先に頭に思い浮かべるだろうブランドなのは間違いない。

本書は、シャネルというモードの帝国を一代で築いたココ・シャネルの人生と彼女のビジネス戦略を、刺激的な語録を引用しつつ述べていく。現実にどれくらいそんな人がいるのか知らないが、キャリアを積みながら、同時に仕事だけではなくプライベートも充実させ、一人の女としてエレガンスでありたい、と望む(望んでいるらしい)女性を現代女性と仮にいうなら、ココ・シャネルは100年前にあって現代女性だった。

さて、
シャネル=高級ブランド=機能性<デザイン=日常生活に不向き…
というイメージを抱いていたわたしは、本編以前の著者による序文を読んでいきなり驚いた。
シャネルの言葉。「私が顧客にしたのはアクティブな女性たちだった。活動的な女性には着心地の良い服が必要なのよ。袖をまくりあげられるようじゃなきゃ駄目」
そして続くこの一節。
きちんと手の入るポケット、両手が自由になるショルダーバッグ、何より自分の足で颯爽と歩ける丈のスカート。すべてシャネルが機能と美、「はたらくこと」と「エレガンス」を両立させようとして創造したファッションである。


プルーストが『失われた時を求めて』に描いたような19世紀末から20世紀初頭のフランスでは、女たちは(シャネルの言葉を借りれば)「時代遅れのフランボワイヤン様式」みたいな格好――羽や花で飾られているやたらと大きいくせに耳までかぶれない帽子だの、裾飾りのついた地面まで届くほど丈の長いスカートだの、レースや刺繍だの――をしていて、贅沢ではあるけれど、それらは貴族や新興階級であるブルジョワジーのもので、それを買うのは男、つまりは夫か愛人であり、「女の衣装は男たちが富をひけらかす『口実』にほかなら」なかった。当時のモードの常識を、シャネルは「美の革命家」として次々に破壊していく。
具体的には――


@「贅沢さ」の常識を破壊した
けばけばしくて高価なものが贅沢なのか。シャネルは非実用的な装飾を嫌悪し、これを排除しようと徹底的にシンプルなデザインにこだわった。彼女が標榜するのは、高価な生地を裏地に使用して表面的な派手さを抑制する、ダンディズム的な「アンチ見せびらかしの美学」だった。
大袈裟なのは個性を殺すのよ。表面的なものはみな値打ちを下げてしまう。あるアメリカ人はこう言ってわたしをほめたけれど、とてもうれしかった。
――これほどの金を使いながら、それを見せないようにするなんて!

シャネル

この皆殺しの天使(引用者注:シャネル)は徹頭徹尾「見せかけの美」の敵対者なのだ。とめることもできない飾りボタンだの、羽飾りや花飾りをいっぱいつけてきちんと頭にかぶることもできない帽子だの、そんな実のないお飾りは、彼女のあの「確かな嫌悪感」をそそるだけだ。



A色の常識を破壊した。
派手派手しい色を使うことをせず、黒と白というシンプルな色にこだわった。


B宝石の常識を破壊した
「アンチ金ぴか」の美学ももつシャネルは、それまで貴金属オンリーだった装飾品を廃絶するためにイミテーションを作った。金にあかして高価な宝石を買い漁ることはできる。しかしエレガンスとはそんなものではない。時価総額を自慢する馬鹿男がいるように、カラットを自慢する馬鹿女がいる。シャネルによるイミテーションの発明によって「おしゃれ」と「金」は同義でなくなり、個人の「センスの良さ」の問題となったのだ。
高い布地や高価な素材で織った布地もそうだけど、高価な宝石をつけたからといって、女が豊かになるわけではない。身なりがぱっとしていなければ、宝石をつけてもぱっとしないままよ。

シャネル

逆にいえばスタイルと顔さえよければ何をしてもカッコいいということなのでは…という気がしなくもない(シャネルも美人だし)。


C権利の常識を破壊した
シャネルの服は黒でシンプル。人気が出るとコピー製品がストリートに出回った。シャネルはこれを歓迎した。彼女は著作権(意匠権)に興味がなく、コピーが出回ることでモードは変化すると考えていた。
モードは誰という特定の固有名をもたない時代の雰囲気から生まれ、ストリートでつかの間輝いて、また次の風に運ばれてゆく。だからシャネルは言う。「モードははかなければはかないほど完璧なのだ。最初からない命をどうやってまもるというのだろう」

彼女はまた、偽物が出回ることで本物の価値が高まることも知っていた。みなが同じ格好をすれば、人々は差異を求めるようになる。エルメスのオーダーメイドを数年先まで待つ人のように。そして本物のシャネルは決して真似できない高価な生地を使っていた。


D製造の常識を破壊した
シャネルのシンプルなデザインは大量生産に向いていた。アメリカで大人気を博した彼女の黒いドレスは、そのころT型フォードによって自動車を大衆のもとに運んだ自動車メーカーになぞらえて「フォード・ドレス」とも呼ばれた。


Eデザインの常識を破壊した
彼女は自分が着たいと思った服を作った。今でいうマーケティングとは正反対に。彼女は自分の服を活動的でモダンな女性たちを対象に作ったが、それは彼女自身が活動的でモダンな女性だったからだ。
わたしは四半世紀の間モードを作ってきた。なぜだろうか。わたしが時代を表現することを知っていたからだ。わたしはスポーツ着をつくった。ほかの女性がスポーツをやっていたからではないわ。自分がスポーツをやっていたからよ。わたしはモードを作るために外出したのではない。まさに外出していたからこそ外出のためのモードが必要だった。それは、わたしが初めてこの二十世紀を生きた女だったからだ。

シャネル


Fバリューの常識を破壊した
Eと通じるがシャネルは自ら作った服を着て都市の女性として生きることで想定する顧客層に「シャネル」をアピールした。デザイナーがそのままイメージ・キャラクターでもあったのだ。後年、「あなたが髪をショートにするとショートカットが流行りました」とインタビューするキャスターに向かって、彼女は答えている。
「ショートカットが流行したのじゃないわ。わたしが流行ったのよ」と。ルイ・ヴィトンやエルメスと違って伝統というバリューをもたなかったシャネルは自らをバリューとしたのだ。


Gモードの常識を破壊した
モードについては熱狂的に語らなければならない。だが錯覚は禁物。いちばん大切なのは、ポエジーだの文学だのをくっつけて考えないことだ。一枚の服は悲劇でもなければ、絵画でもない。それは魅力的でつかの間の創造であって、不滅の芸術作品などでありはしない。モードは死ななければならないし、ビジネスのためには早く死ぬ方がいい。

シャネル

すべてはこの言葉に総括されるか。


シャネルはフランスの田舎の修道院で孤児として育ったとされているが、本人が語らないため真相は今も定かではないという。「働く女」は現代女性の鍵言葉のひとつだろうけれど、シャネルが「働く女」だったのは彼女が生きていくためにはそれしか選択肢がなかったからだ。いや、もうひとつあった。誰かと結婚して主婦となること。しかし彼女は自立して生きることを、金という自由を手にすることをひたすら望んだ。
はじめはお金が欲しいと思って始める。それから、仕事が面白くなってゆく。働く楽しみはお金の楽しみよりずっと大きい。要するにお金は独立のシンボルにすぎない。わたしがお金に執着したのはプライドが高かったからで、物を買うためではなかった。物なんて、何一つ欲しいと思ったことはない。欲しかったのは愛情だけ。自由を買い取り、何が何でも自由を手にしたいと思っていた。

シャネル

あんなにも多くの衣装をデザインしておきながら、彼女自身はいつも同じものの「着たきり雀」だったというのは、田舎で育った彼女にとっての本当の贅沢は、移ろいやすい流行の気分によって消費されるものではなくて、気に入って何年でも使えるものだったからだ。
うわべは華やかに見える彼女だったがその生活の実際はというと――
パーティ文化が花開き、女たちが一人で外出するようになったこの時代、シャネルはむしろ外出したがらない女だった。「フォーブール・サン=トレノのカフェ《フロール》であわただしくお茶を飲むだけで、あとはカンボン通りでずっと働きどおし。そんな一日を終えると、わたしはもう外出したくなかった」。これは彼女の本音だったにちがいない。そんな彼女のことをコクトーはこう語っている。「君がどんな暮らしをしているか、ひとに言うつもりはないよ。朝七時に起きて、九時には必ず寝るなんて言ったって、いったい誰が信じるだろう」


その後、第二次世界大戦の勃発によって店は閉鎖。空白の、謎に包まれた14年間を経て、彼女がカムバックしたのは1953年。パリではディオールの「女らしい」ドレスがもてはやされる時代に、戦前と変らぬシンプルでシックなシャネルのデザインは流行遅れの感があった。コレクションは不評に終った。
しかしアメリカでのシャネル人気は不動であり、『ライフ』誌がシャネルの特集を組むと、パリのモード界もアメリカでの評価を追認する。シャネルは見事にパリのモード界に返り咲く。

プライベートでは恋多き人生だったが、けっきょく死ぬまで独身を通した。女の友人は一人を除いていなかったという。本書に掲載されている79歳の彼女のポートレートはエレガンスで美しい。しかし栄光の裏に、栄光を手にしたものだけが知る孤独がなかったと誰にいえよう。
本書の結びが感動的なので、そのまま引用する。
カムバックしてからの17年間、シャネルはメゾンの通りの向かいのホテル・リッツの部屋を住まいにして、最後の日もそこで息をひきとった。こぢんまりしたその部屋は、そっけないほど簡素で、修道院のように四方を白い壁で囲まれていた。バスルームのほかには、ベッドがあるだけで。そう、それは「はたらく女」が寝るための部屋だった。いかなる意味でも「女」の部屋ではない……。その孤独な部屋で、シャネルは「シャネル」として死んだ。帝国の繁栄に一身を賭した、老いたる将軍のように。


4022732008シャネル 最強ブランドの秘密 (朝日新書 100)
山田 登世子
朝日新聞社 2008-03-13

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4087610209失われた時を求めて〈1〉第一篇 スワン家の方へ〈1〉 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)
マルセル プルースト Marcel Proust 鈴木 道彦
集英社 2006-03

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