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zoom RSS わたしの海外長編小説ベスト10

<<   作成日時 : 2008/04/15 00:00   >>

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『考える人』の特集にちなんで選んでみた。

選考基準は「一瞬でパッと思い浮かんだもの」。熟考しない。
このなかでカフカだけは作品ではなく小説、手紙、日記など彼が書いたものすべてを含めて「カフカ」として括った(『考える人』で青山南氏も似たようなことを述べている)。


@ 『選ばれた女』 アルベール・コーエン
4336047553選ばれた女〈1〉 (文学の冒険シリーズ)
アルベール コーエン Albert Cohen 紋田 廣子
国書刊行会 2006-09

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恋愛の諸相を描ききった超傑作。紛れもなく20世紀のフランス文学を代表する一作だろう。濃密な愛欲の描写と終盤の怒涛の展開には読んでいて眩暈と吐き気を覚えた。

若人よ、豊かな髪が乱れ、完璧に揃う皓歯が眩い若人よ、いつも変らずに愛し合う人々といつも決して愛し合うことのない人々がいるここ此岸で、恋人たちは笑い、死など無縁と思っているここ此岸で、楽しむがよい。狂気という名の四頭立二輪馬車を駆る選ばれし者たちよ、今のうちに酔うがよい。そして、かつてのアリアーヌと彼女のソラルのように幸福であれ。だが、老人への憐憫を忘れないでもらいたい。君たちもじきに老人になる。鼻水が垂れ、手は震え、その手にはしなやかさを失った血管が太く浮き出し、赤茶色の、悲しい枯葉色の斑点が出ている老人に。



A 『アレクサンドリア四重奏』 ロレンス・ダレル
4309623018アレクサンドリア四重奏 1 ジュスティーヌ
ロレンス・ダレル 高松 雄一
河出書房新社 2007-03-17

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毎晩拾い読みしている。「ジュスティーヌ」「バルタザール」「マウントオリーブ」「クレア」の四巻から成る本作はすぐれてロマンチックなミステリだ。人間は真実と対面するほかない、しかしその真実とはどこにあるのか。


このまえの日曜日に、ちょうど一日半の休みができた。そこで、むかし住んでいた小さな家で一夜を過ごすために、パックを背負い、てくてく歩いて島を横断した。この緑の高地に比べると、ふたたび目にしたあの荒々しい風の強い岬や、酸性の緑の海や、浪に侵食された過去の海岸線がなんと対照的に見えたことか。まったく別の島だ――過去はつねに別の島なのだろう。一晩と一日のあいだ、ぼくはここでこだまのように生きた。そうして過去のこと、そのなかで動いていたぼくたちみんなのことを考えた。人生は「選択した虚構」をひと組のトランプのように切り混ぜて、分けたり、引っこめたり、元に戻したりする。これほど落ち着いた幸福な気持ちになる権利が自分にあったとはとても信じられないくらいだ。



B カフカ
4560019878実存と人生
辻 ヒカル Franz Kafka 辻 〓
白水社 1996-07

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彼の書いたものの何を読んでもいつも何かが足りないというもどかしい思いにさせられる。どうしてこんなに気持悪いものが書けたのか。白水社から素晴らしい選集が出ていて、これを翻訳した池内紀氏の文体はクセになる。余談だが全集を読みたいと思える作家はカフカと吉田健一。

果てしない陰気な日曜日の午後。あらゆる年月を食いつくして、長い年月からできあがっている午後。ときに絶望して人気のない街を歩き、ときに心やすらいでソファに横たわる。ほとんどたえまなく流れすぎてゆく、色のない意味のない雲を見て、ときおり驚きあやしむ。「おまえは明日の偉大な月曜日のために、守られ貯えられているのだ!」「なるほどね、だがこの日曜日は、けっして終わりはしないのだ。」

1921年の日記より 



C 『族長の秋』 ガルシア=マルケス
4105090127族長の秋 他6篇
ガブリエル・ガルシア・マルケス 鼓 直 木村 榮一
新潮社 2007-04

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不死の大統領の圧倒的孤独。百年どころではない永遠の孤独。奇想天外なエピソードもさることながら、誰とも知れぬ語り手たちによる叙述の妙にも唸らされた。

この死は思いがけないものだった。これでは生きているとは言えない、ただ生き永らえているだけだ、どんなに長く有用な生も、ただ生きるすべを学ぶためのものに過ぎない、と悟ったときはもはや手遅れなのだと、やっと分かりかけてきたが、しかしそのために、いかに実りのない夢にみちた年月を重ねてきたことか。もの言わぬ手のひらの秘めた謎や、トランプの目に見えぬ数字によって、彼は自分に愛の能力が欠けていることを悟り、この呪われた宿命をわびしい悪癖めいた権力への熱烈な帰依によって埋めあわせようと努めた。彼自身の宗派のいけにえとして、この無限に続く燔祭の火のなかに身を投じた。策略と犯罪に終始してきた。冷酷に徹し、汚名を重ねてきた。恐るべき貪欲さと生まれながらの怯懦を克服してきた。しかしその理由はただひとつ、その手に握った小さなガラス玉を、この世の終わりまで手放さないためだった。すなわち彼は、その充足がかえってこの世の終わりまで続く欲望じたいを産み出す悪徳、それが権力だということを知らなかったのだ。



D 『ダロウェイ夫人』 ヴァージニア・ウルフ
4087605353ダロウェイ夫人 (集英社文庫 ウ 12-1)
ヴァージニア・ウルフ 丹治 愛
集英社 2007-08

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この甘さに惹かれる。『ダロウェイ』はある意味で退屈な小説ではあるが、終盤の夜会の場面における複数の人物による「意識の流れ」の叙述は何度読んでもそのたびに感動する。シューベルトの歌曲のように。

昔からの癖だ、ポケット・ナイフをひらく癖、とサリーは思った。興奮するとナイフを開いたり閉じたりする。この人がクラリッサに恋をしていたとき、わたしたちはとても仲がよかった、わたしとピーター・ウォルシュは。リチャード・ダロウェイのことで、いつだったかの昼食のとき、あのひどく滑稽な騒動が起こった。わたしがリチャードのことを「ウィッカム」と呼んだからだ。どうして「ウィッカム」と呼んじゃいけないの? するとクラリッサはかんかんに怒った! それ以来、わたしとクラリッサは会わなくなった。この十年で五、六回も会っていない。そしてピーター・ウォルシュはインドへ行った。不幸な結婚をしたとなんとなく噂で聞いた。子どもがいるかどうかもわからないし、訊くわけにもいかない。彼はずいぶんと変わってしまったから。ちょっとみずみずしさがなくなった感じがするけれど、優しそうになったと思う。心から愛おしく思える。わたしの青春とつながっている人だから。この人からもらったエミリー・ブロンテの小型本はいまだにもっている。本を書くと言っていたはずだ、たしか? あのころは本を書くつもりになっていた。
「本はお書きになったの?」、片方の手をひろげ、そのがっしりとした形のよい手を、昔を思い出させるような仕草で彼の膝に置いて、彼女はそう言った。
「一行も!」とピーター・ウォルシュは言った。彼女は笑った。



E 『魔術師』 ジョン・ファウルズ
0316296198The Magus
John Fowles
Back Bay Books 2001-01

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恋愛の要素や「自由とは何か」を考察する哲学的な要素も含んでいるミステリ仕立ての青春小説。中盤以降はとくに丁寧に読まないと何が起きているのかわからなくなる。どこまでが現実でどこからが虚構なのか。主人公とともに翻弄され続ける。

あなたのその島に帰って、その老人も女の子も消えていたらどうするの。ふしぎな遊びやお芝居もなくて、その別荘には鍵がかかっているかもしれないのよ。
もうお終い、お終い、お終い


F 『日々の泡』 ボリス・ヴィアン
4102148116日々の泡 (新潮文庫)
ボリス ヴィアン Boris Vian 曽根 元吉
新潮社 1998-02

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レーモン・クノー曰く「20世紀の恋愛小説中もっとも悲痛な小説」。ヒロインのクロエが冒されたのは肺に蓮の花が咲くという奇病。彼女を助けようと恋人のコランは奔走するが悲劇は避けようもなく…。
邦訳は二種類出ているがどちらも少し古くさい。いまふうの言葉による新訳が出ないかと待っているがヴィアンの翻訳は困難を極めるらしい。

「あたしと会ってうれしい?」
「ええ!」とコランは言った。
ふたりは歩きだして最初の舗道を進んでいくのだった。小さな薔薇いろの雲が空中からおりてきて二人の傍に寄ってきた。
「行っていいかい?」と雲が申し出た。
「お出でよ」とコランは答えた。
すると、その雲がふたりを包みこんだ。その内部は暖かくて肉桂(シナモン)入りの砂糖の匂いがした。



G 『失われた時を求めて』 マルセル・プルースト
4087610209失われた時を求めて〈1〉第一篇 スワン家の方へ〈1〉 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)
マルセル プルースト Marcel Proust 鈴木 道彦
集英社 2006-03

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芥川とプルーストを読んで美術や音楽へ関心をもつようになった。来月、古典新訳文庫から『消え去ったアルベルチーヌ』が刊行される。
数時間後にフランソワーズは、祖母の美しい髪を、最後にもう一度だけ、痛い思いをさせることもなく櫛でとかすことができた。この髪はやっと白くなりかかったくらいで、それまでは祖母の年齢よりも若く見えていたのだ。けれども今では髪だけが老いの冠を押しつけており、ふたたび若返った顔からは、皺や、引きつり、むくみや、こわばり、たるみといった、長年にわたって苦痛のつけ加えてきたものが消え去っていた。両親が夫を選んでくれた遠い昔のように、祖母は清らかさと服従によって描かれた繊細な顔立ちをしており、これまで歳月によって少しずつ破壊されてきた純潔な希望、幸福の夢、さらには無邪気な陽気さまでが、その頬を輝かせていた。去っていった生命が、人生への幻滅をも持ち去ってしまったのだ。祖母の唇の上には微笑がおかれているように見えた。死は中世の彫刻家のように、祖母をうら若い娘の姿で、この臨終のベッドの上に横たえていた。



H 『存在の耐えられない軽さ』 ミラン・クンデラ
4309709435存在の耐えられない軽さ (世界文学全集 1-3)
ミラン・クンデラ 西永 良成
河出書房新社 2008-02-09

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一度きりしかない人生を重く見ることもできる。軽く見ることもできる。

人間のほんとうの善良さがまったく純粋に、そして自由に発揮されるのは、どんな力も体現していない者たちにたいしてだけだ。人類の真の道徳的テスト(あまりにも深いところにあるので、あたしたちの目を逃れる、もっとも根源的なテスト)、それはあたしたちの意のままになるもの、動物たちとの関係なのだ。そして、まさにこのところで、人間の根本的な破局、あまりにも根本的だから、他の破局もまたそこから発することになる破局が生じたのだ。



I 『ウォーターシップ・ダウンのウサギたち』 リチャード・アダムズ
4566015009ウォーターシップ・ダウンのウサギたち〈上〉 (ファンタジー・クラシックス)
リチャード アダムズ Richard Adams 神宮 輝夫
評論社 2006-09

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読んでいるのが嬉しくて泣きたくなるほど面白い冒険物語。

ビグウィグは、また走りだした。ところが走り出したとたん、一匹のウサギが追いついてきた。
「とまれ、スライリ! こんなところで何をしている?」
ビグウィグは、たぶんキャンピニオンがあらわれるだろうと予想していた。そして、しかたがなければ殺してしまおうと心を決めていた。だが、そのキャンピニオンが、雷雨も泥も物ともせず、わずか四匹の手勢を連れて、必死の逃亡者の群れのまっただ中に平然と乗りこんできて、自分と肩をならべるようにして走っているその姿を見ると、ビグウィグは、彼が敵であることを心から残念に思った。キャンピニオンを連れてエフラファから出られたらどんなにいいだろうと思った。
「ひき返せ」と、ビグウィグはいった。「俺のじゃまをするな、キャンピニオン。俺は、君を殺したくない」
ビグウィグは、反対側に目をやっていった。「おい、ブラッカバー、牝たちをまとめろ。落後した牝は、パトロールにやられる」
「もう、降参した方がいい」キャンピニオンが、そばを離れずに走りながらいった。「君がどこへ行こうと、俺は目をはなさないぞ。追跡隊が来るところだ――警報を聞いた。彼らが到着すれば、もう見こみはない。出血がひどいじゃないか」
「ちくしょうめ!」ビグウィグは、さけんでキャンピニオンになぐりかかった。「俺がまいっちまう前に、きさまの血も流してやる」
「ぼくが戦ってもいいですか?」と、ブラッカバーがいった。「今度はやられませんよ」
「よせ」と、ビグウィグはこたえた。「こいつは、俺たちの足をおくらせようとしているだけだ。このまま走れ」
「スライリ!」ふいに、後ろでセスシナングがさけんだ。「将軍です! 将軍が来ました! ああ、どうしましょう?」
ビグウィグはふり返った。目にうつったのは、ほんとうに、最も勇敢なウサギすら、ふるえおののくようなながめだった。追跡隊をひきいたウンドワートが、トンネルを抜けてたった一匹、はげしい怒りに歯をむきだしてうなりながら、ビグウィグめがけて走ってくるところだった。


こちとらのたましいを斧のように叩き割った、そんなものばかりを挙げてみた気になったけれどずいぶんとパブリックなラインナップになってしまったのが悔しい。ぜんぜん面白みがない。もっとパーソナルなものにしたかったがこれがパーソナルなのだからどうにもしようがなくてあきらめるほかない。




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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちは。昨日のエントリもすごいな〜っと驚いたんですが、今日のも大迫力ですね。私は長編が苦手なので『失われた時を求めて』なんて一生読めそうにありません(若い頃はあまり苦もなく『アンナ・カレーニナ』とか読めたんですが、最近は2週間とかかかってしまいます 汗)
私も『日々の泡』の、epiさんが引用されている部分が大好きで、私が読んだハヤカワ版の『うたかたの日々』では「小さなバラ色の雲が降りてきて二人を包んだ。中に入ると熱くて、シナモンシュガーの味がした」みたいな、もっとロマンティックな表現だったと思います。恋が順調にいっているときの一転の曇りもない幸福感をなんて的確に表しているんだろうと感動しました。だからこそ、後半の悲劇的な展開がよけいに悲しいんですよね。
『アレキサンドリア四重奏』は「考える人」の池澤さんのインタビューを読んだら絶対に読みたくなりました。河出の全集、少しずつ読んでいるので、次は『存在の耐えられない軽さ』に挑戦しようと思っています。
猫のゆりかご
URL
2008/04/15 07:24
>猫のゆりかごさん

コメントありがとうございます^^
10冊を選ぶなんて至難なのだからと開き直って選んでみました。定番すぎておもしろくないのでカフカとプルーストは除外してよかったな、と今では思います。

さいきんは全何巻ときくと手にとるのをちょっとためらってしまいます。猫のゆりかごさんの二週間はかなり早いほうではないでしょうか。わたしなんて、たぶん二ヶ月です(涙)人間、読書だけに時間を割くわけにもいきませんし、これから読む長編小説は厳選して自分の好みに適うものだけにしようと思っています(もはや見栄の読書をする余力はありませぬ…)。

つぎは『存在』にいかれますか。わたしはこの本からじつに影響を受けました。ずっと気付かずにいて再読したときそれを自覚したのです。猫のゆりかごさんのお気に召すといいな。『アレクサンドリア』の素晴らしさはいうまでもありません。とってもロマンチックでした。終り方もきれいでしたよ。
epi
2008/04/15 23:54
epiさんこんにちは。
わたしも先日、自分の10冊を選んでみたのですが、驚いたことにepiさんのとは1冊もかぶりませんでした。でも、ファウルズとクンデラは、最後までどうしようか迷った2冊です。『存在…』は河出の新訳を買ってあって、こちらで再読しようと思いながら後回しになっているので、これを読んでいたらきっと、ベスト10に入れたでしょうね。あ、でも、かわりに何を落とすのかしら…悩ましい……って、ほんとに幸福な悩みですね。
mari777
URL
2008/04/16 10:06
>mari777さん

お返事が遅れましてすみません。
あ、たしかにmari777さんの10冊とかぶっていませんね。『めぐりあう時間たち』がちょっと『ダロウェイ夫人』と近いようなそうでもないような…。
ベストと呼べるものには思い入れが当然ありますし、あれば時を経たとき必ずまた読み返すことになる。小説に限れば大半は一度読んだらそれきりです。だから再読したい、と思えるものに出あえたときの喜びは大きく、宝物を手に入れたような気にもなれます。再読って、いいものですよね。

「考える人」の129名によるリストを見て思ったのは、いまさらですが「小説だけに限っても本っていっぱいあるんだなあ」ということでした。読書の趣味があれば死ぬまで退屈せずにいられそうです。ありがたいことです^^
epi
2008/04/18 23:46

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