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zoom RSS 『彩雪に舞う…』 楠勝平

<<   作成日時 : 2008/05/20 00:00   >>

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一読して驚嘆した。とんでもない才能があったものだ。

楠はわずか30歳にして心臓弁膜症という病に倒れた漫画家。デビューが1960年で、没するのが1974年であるから漫画家としての活動期間は長くはない。しかも病身のためメジャー商業誌での連載がもてず、作品数も決して多くはない。
デビュー前は白土三平のアシスタントをしており、当時の漫画の主流だったのか時代劇ものが作品のほとんどを占める。しかし忍法ものや剣豪ものでなく、江戸の庶民の日常の哀歓を好んで取りあげているのが特徴的だ。

楠は「知る人ぞ知る」漫画家で、漫画に詳しくない自分が彼を知ったのは偶然に過ぎない。作品集はかつて三冊出版されたが今となっては入手困難で、古書店では高額がつけられているという。本書はじつに四半世紀ぶりに出版された楠の単行本で、17篇を収録、600頁の分厚い一冊だ。

12歳のころにリウマチ熱の後遺症として心臓弁膜症を患う身となった楠の作品には死の影が落ちているものが多い。とくに晩年(といっても20代後半だが)に執筆された作品群にはそれが顕著で鬼気迫る。しかしことさら大仰に死を恐怖や絶望の対象として扱うのではなくて、そこには透徹した、ほとんど悟りきったとでもいえそうなほどの静かな諦観が見られる。本書の最後に収められている表題作は、やはり作者と同じく重い病に寝込んでいる少年がこの世の外へと向かう幻想的な一篇だが、ここには、そんなものがあるとするなら死の詩情が溢れている。

「彩雪に舞う…」は腹にできた腫瘍による熱病に苦しむ少年、左衛門が主人公だ。季節は夏。外では同じ年頃の子どもたちが元気に遊び回っているが、彼は布団のなかでその声を聞くことしかできない。友だちといっては庭の木に止まりにくる鳥たちくらいのものだ。
家の者たちはもはや左衛門が永くないことを知っている。猛暑の影響もあり、日増しに容態は悪化していく。
やがて季節は移ろい、夏は終わり、秋が過ぎ、冬が近づく。鳥たちの姿は一羽また一羽と見えなくなっていく。
最後の一羽が、もはや死の近い左衛門を見かねて「空に舞うひけつ」を教える。
「いいかい 雪が降ったとき
羽を持ちジーット雪を見つめて
降ってくる雪をとめるんだよ
するとからだがかるくなるんだよ……」
しんしんと降る雪が町を覆った夜、左衛門は一枚の羽を手に鳥の教えてくれた「ひけつ」を実行する。外を降る雪はいつしか左衛門とひとつになり、そして、信じられないほどに美しい結末が訪れる…。
これはなんと透き通った眼差しか。梶井基次郎の「冬の日」と通じる透明な時間を読者は感じるだろう。


もうひとつ、「ゴセの流れ」という奇跡的な一篇についてもふれたい。
病床に伏している母親と、その子である幼い姉弟が出てくる。もはや助かる見込みのない母親を、ある晩、弟は自らの手で殺めてしまうのだが、母親は自分を殺すわが子の名を呼びながら彼を抱き締め、息絶える。「ゆうれいになって もどるよ」と言い残す母親。そして時が経ったのち、彼の前に現われたのは…。
夢だろうと、幻覚だろうと、幽霊だろうと、生まれ変わりだろうと、なんだろうと構わないから、もう一度会いたい。もう一度だけでいいから、会いたい。生きるも死ぬも別離は哀しい。この短編の完成度はほとんど完璧といってよいのではないか。こんなに心震わされる漫画を読んだことがなかった。


惜しむらくは発行部数が少なすぎることか。値段は気にならない。というかこの高密度な内容で3600円は安い。本当は一人でも多くのかたに手にとっていただきたい一冊。年譜付き。解説は呉智英氏。


4883790711彩雪に舞う…―楠勝平作品集
楠 勝平
青林工芸舎 2001-02

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彩雪に舞う…―楠勝平作品集
彩雪に舞う…―楠勝平作品集 ...続きを見る
ロドリゲスインテリーン
2009/11/24 18:44

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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
更新を待ち望んで、拝読しております。
「ゴセの流れ」は傑作ですよね。私にとっても、寒気を覚えた、大好きな作品です。
Lydwine.
2008/05/20 21:28
>Lydwine.さん

お返事が遅くなりましてすみません。
「ゴセの流れ」をご存知とは凄いですねえ(とわたしがいうのも妙ですが)。自暴自棄な子どもと病のために子どもらに負い目を感じている母親の微妙な心理の描出に長嘆息しました。
epi
2008/05/24 23:33
ブログテーマから 漫画を 拝見中です。
私が 知らない漫画 ばかりの紹介ですが 非常に 興味を 持ちます。
楠さん(くすのき かなぁ) は 伝説の漫画家なのかなぁ?
なぜか 中原中也さんを 思い出しました。ぜんぜん違うかなぁ?
漫画同好会(名前検討中
村石太りん&ポルカ 愛知県発
2011/12/10 12:35

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