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zoom RSS 『コレラの時代の愛』 G・ガルシア=マルケス

<<   作成日時 : 2008/06/07 00:00   >>

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76歳の男は待ち続けていた。初恋の女が自分を愛してくれるときが訪れるのを。51年9ヶ月と4日にわたって。

老齢の医師フベナル・ウルビーノ博士は、籠から逃げ出したオウムを木の上でつかまえようとして、誤って梯子から転落して死亡する。彼の妻、フェルミーナ・ダーサは悲嘆に暮れ、町の人々は名士の死を悼んだ。やはり町の名士である、運輸会社の社長フロレンティーノ・アリーサは弔問に訪れ、これまで長く胸に秘めてきた想いを未亡人に告白する。
「フェルミーナ、もう一度永遠の貞節と変わることのない愛を誓いたい」。
それは半世紀以上を経て繰り返された、同じ女への二度目のプロポーズだった。

かつてフロレンティーノ・アリーサは通俗的な恋愛小説や恋愛詩を読み耽るのが好きな青白い顔の青年だった。輝くばかりに美しいフェルミーナ・ダーサを彼が偶然見かけたとき、彼女は14歳だった。高嶺の花とわかっていながら、彼は彼女に想いをこめた手紙を送らずにはいられなかった。フェルミーナ・ダーサも次第に彼に惹かれていった。しかし彼女の父親は、いかがわしくて貧しい家の息子であるフロレンティーノ・アリーサを娘の恋人と認めようとはせず、彼女は美男子で優秀な医師であるフベナル・ウルビーノと結婚することになる。
フェルミーナ・ダーサは以前の恋人への想いなどすぐに忘れてしまった。しかしフロレンティーノ・アリーサはどうしても思い切れなかった。だから彼は待ち続けることにした。女の夫が死に、彼女が未亡人になり、自分のほうをもう一度振り向いてくれる日が来るのを。

ガルシア=マルケスの小説を(翻訳を通じて)読んでいて思うのが、そのぶっきらぼうな語りの魅力だ。本書よりも『百年の孤独』や『族長の秋』に顕著だが、リアリズム的な物語に不意に幻想が挿まれる。彼の特徴である「魔術的リアリズム」の手法だ。これが読み手に違和感なく受け入れられるのは、おとぎ話のように素朴で素っ気ない「〜だったとさ」とでもいうような語り方にある。ガルシア=マルケスの出世作である『百年の孤独』の斬新な手法は、彼が幼いころ祖母に聞かされた昔話の語り方と、カフカの『変身』からインスピレーションを受けたものだったという。たぶん「魔術的リアリズム」の手法を活かすにはこの「〜だったとさ」的な語り方が不可欠だったのだ。

その大半を読んでいないのでこんなことを書く資格はないのだが、ガルシア=マルケスの小説には深刻さがなくて、そこがいまの自分には非常に心地よい。彼が悲しみや無常を書いても、そこにはいつも陽気さと不思議な色っぽさがある。まるで南国にだけ咲くあでやかな花のようだ。一昔まえの日本の湿っぽくて陰気くさい私小説とは対極にある。「語るために生まれてきた」と自ら述べるとおり、話の筋もエンターテイメント的な意味で面白い。本書は老いた男女の恋愛を扱っており、愛とならんで老いや死について幾度も言及されるが、それらは必ずしもマイナス・イメージでのみ扱われるわけではない。信仰をもたない人間がこんなことを書くのは気が引けるが、この小説を読んでいると、老いるということも何かしら恩寵のような、そんな気にすらさせられる。いやきっと、生きていること、それ自体がありがたいことなのかもしれない。

半世紀の時を経たフロレンティーノ・アリーサの想いは未亡人となったフェルミーナ・ダーサに届くのか。その顛末を知るためには二人の半世紀をたどる必要がある。「夜の狩人」として女性遍歴を重ねながら、初恋の女を忘れることができず独身を通した男。面白みには欠けるが社会的地位は申し分ない夫との間に子どもをもうけ、貞節を貫き、幾度かの危機を越えて幸福というよりは安定した結婚生活を送った女。まったく異なる人生を歩んだかつての恋人同士はふたたび結ばれるのか。

(前略)彼は、暗闇の中で氷のように冷たい指をのばして彼女の手をさぐった。彼女はそれを待っていた。二人はほんの一瞬だが、相手の手が、触れ合うまでともに思い浮かべていたのとは違う、骨ばった老人の手だということに気がつくだけの冷静さを失っていなかった。しかし、次の瞬間には頭の中で思い描いていた手に変わった。

待ち続けていれば報われるとは限らない。しかし待ち続けなければ決して報われることはない。

恋の症状は、コレラのそれとよく似ているという。
ドラマチックにではなく、あくまで穏やかに静かに、その底に烈しさを秘めて展開する大人の愛の物語。幾つになっても人間は人間を愛することをやめられない。どうしても、やめられない。



4105090143コレラの時代の愛 (Obra de Garc〓a M〓rquez (1985))
木村 榮一
新潮社 2006-10-28

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映画にもなっているけれど、予告編を見るかぎりでは雰囲気が違う気がする。
映画『コレラの時代の愛』公式ホームページ




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