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zoom RSS 『白の闇』 ジョゼ・サラマーゴ

<<   作成日時 : 2008/06/14 00:00   >>

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圧倒的想像力を駆使して描かれる壮大なスケールの寓話。

ある日突然、一人の男が車の運転中に失明した。それはのちに「白い悪魔」と呼ばれることになる正体不明の病気だった。非常に強力な感染力をもった「白い悪魔」は最初の犠牲者を出したあと、瞬く間に市内全域に襲い掛かり、やがて全世界を喰らった。

感染者たちは当初、市内にある精神病院に隔離される。はじめのうちは、いつ解放されるのか、治療法は見つかるだろうか、残された家族たちは無事だろうか、という不安はあったものの、大きな混乱はなかった。
施設内には一人だけ、「白い悪魔」を逃れた人物がいた。最初に感染した男を診察した眼科医の妻だ。彼女は盲人のふりをしながら施設内の人々をさり気なく導く役割を担うことになる。

やがて日増しに拡大する被害に伴い、隔離される人間の数も増えてくる。そうなれば問題も起きる。まず寝床の確保だ。ベッドの数は決まっている。それ以上に人間が増えれば誰かは床の上で寝起きしなければならない。施設を管理する軍隊から支給される食料の確保の問題もある。政府は感染者たちの生命を重視しておらず、食料はいつも決まって少ない。これを盲人同士で平等に分配するというのがどれほど困難かは想像に余りある。加えて排泄の問題もある。トイレの位置は確認済みとはいえ、全員がジェントルではない。差し迫っている場合もある。排便は部屋の隅や廊下や、ベッドの上で済まされる。すると悪臭が起きる。悪臭といえば死者の問題もある。死んだ人間は速やかに埋葬しなくては、人道の面ではなく生活の面で支障が出る。まず腐敗した死体の放つ堪え難い悪臭。そして伝染病の危険。

やがてこれらの問題に、一部の暴力的な人間による恐怖支配が加わる。彼らはまず部屋を占領し、続いて食料を独占し、欲しければ女をよこせと迫る。生きるためには恥辱をも忍ばねばならないのか。男たちの陵辱は凄惨を極め、死ぬ女すら出る。

「白い悪魔」によって政府が崩壊すれば、管轄下にある施設も崩壊する。小説の後半では、この正体不明の伝染病がどれほどの猛威をふるったかが明らかになる。もはや文明は完全に失われていた。ライフラインはすべてストップし、町は無秩序状態に。そこいらに役に立たぬ乗り物が放置され、道路は糞便で溢れ、店は略奪に遭い、悪臭がつねに立ち込め、盲人たちはそのほうが安全だからと四つん這いになって活動している。この地獄絵図のなかを、それでも生きねばならないと、医師の妻を中心にグループは結束する。しかし結束したといっても、何をしたらよいのだろう。当面は水と食料の確保だ。安全な塒もいる。が、そのあとは? 病気はいつ治る? 見込みはあるのか? こんな状況では一切の希望をもてない。いっそ死んだほうがよいのではないか?

「白い悪魔」は暗黒ではなく光のなかに感染者を突き落とす。闇がそうであるように、光もまた溢れ出せば何も見えなくなる。そう、過剰な光は闇と変わりない。


サラマーゴは登場人物の台詞と地の文とを区別しない。そのため改行が少なく、ページは文字でびっしりと埋まっている。だがひるむことはなくて、ひとたび読み始めたらその先が気になってどんどん読み進めてしまうだろう。また特徴として、すべての登場人物には名前がない。「医師の妻」や「最初に失明した男」といったふうにしか表記されない。そのために彼らの輪郭はぼやけ、あたかも膜を通して見ているかのような錯覚にとらわれる。また語り手の視点も独特だ。神の視点からすべてを語りながら、同時に「われわれ」という。想像の世界に現実を取り込もうとしているのだ。だから読んでいて寒気を覚える。事実、あまりの過酷さに耐え切れず、幾度か本を閉じたほどだ。


伝染病によって崩壊した社会という主題ですぐに思い浮かぶのはカミュの『ペスト』だが、あれには超人的な活躍をする医師リウーがいた。また神の裁きについて語る神父がいた。この小説にはどちらもいない。唯一目が見える医師の妻はどこにでもいる平凡な女性に過ぎない。彼女と行動をともにするグループのメンバーもありふれた市民たちばかりだ。そして怒れる神の存在は退けられている。終盤に、教会のなかで、戦慄するような情景が描かれるほかには。神の目も塞がれたのだ。


目を閉じることと、目が見えないことは違う。文学的にどうこうという以前に『ドラゴンヘッド』的なパニック・ストーリーとして非常に秀逸。数年のあいだ絶版だったようだが、映画化を機に新装版となって復刊したのは嬉しいかぎり(しかも旧版より安くなっている!)。雨沢泰氏の訳文は平明かつドライな素晴らしいもの。この語り口はガルシア=マルケスと通じる部分があるように思うのだが、どうだろうか。


映画版のサイトは以下。予告編の冒頭は珈琲のCMみたい。
映画『ブラインドネス』公式サイト


414005543X白の闇 新装版
雨沢 泰
日本放送出版協会 2008-05-30

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映画「ブラインドネス」の原作『白の闇』ジョゼ・サラマーゴ を読んで
白の闇 (新装版) (NHK出版) ジョゼ・サラマーゴ(著), 雨沢泰(訳) 感動しました。 とにかく読んで!この圧倒的な世界観を感じて欲しい。 内容紹介 1998年ノーベル文学賞受賞サラマーゴの最高傑作 わたしたちすべての目が見えなくなったら? 視界がまっ白になる病気。原因不明.. ...続きを見る
そういうのがいいな、わたしは。(読書日記...
2009/01/25 17:05

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