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zoom RSS 『風と木の歌』 安房直子

<<   作成日時 : 2008/08/23 00:00   >>

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淋しく感ずるが故に我あり
淋しみは存在の根本
淋しみは美の本願なり
美は永遠の象徴

西脇順三郎 「旅人かへらず」より



生きることの根幹には、かなしみともさびしみとも呼べるだろう感情がある。

本書は、50歳の若さで世を去った安房直子による童話集。ぜんぶで8編の短編を収める。そのどれにも共通しているのが、人が生きている以上どうにも避けようのないかなしさ、抱えるしかないさびしさだ。

たとえば冒頭に収録されている「きつねの窓」。
猟をしていた「ぼく」は山奥で道に迷い、やがて青い桔梗が一面に咲き誇る野原に出る。美しさに見とれていた「ぼく」は一軒の染物屋を見つける。その店は、仔ぎつねが化けた少年が一人いるきりで、「ぼく」は少年の正体を見破りながらも騙されたふりをする。少年は何でも染めるというものの「ぼく」には染めてほしいものなどない。少し話したあとで、それなら指を染めようという。
指を染めてもらった「ぼく」が桔梗の青で染まった指で四角い窓を作ると、そこにはなつかしい一人の少女の姿が見える。もはやこの世の人でない少女の姿が。

「夕日の国」も秀逸だ。
「ぼく」はある少女から、オレンジ色の液体の入った壜をもらう。その液体を一滴、なわとびに垂らしてから跳ぶと、なわとびの向こうには夕日の沈む砂漠の風景が見える。「ぼく」はその夕日の国に夢中になるが、ある日とうとう液体はなくなってしまう。少女はモダンなビルの15階にある美容室の娘だと名乗っていた。「ぼく」は彼女を訪ね、また壜を分けてもらおうと美容室を訪ねるが、そんな子はいないといわれる。かわりに、「そうそう、ときどきやってきちゃ、化粧水ぬすんでいく子がいたわね」という言葉を聞かされる。
少女は美容室の子ではなく、ビルの清掃員の子だったのだ。そしてその真実を聞かされた翌日から、少女は姿を見せなくなる。「ぼく」は思う。きっとあの子は夕日の国に行ってしまってもう帰ってこないのだろう、と。
少女は嘘をついていた。けれども、少女のくれたオレンジ色の液体(それは本当に化粧水だったのだろうか)を垂らしてなわとびを跳べば、その向こうに夕日の国が見えたのは本当だったのだ。

嘘が嘘と明らかになる瞬間の、ある種の残酷さ。そしてそんな嘘をつかねばならない、清掃員の娘の心理。各話は短く、細密に登場人物たちの心理分析を展開するわけではない。しかし、子どもでありながら憂いの影を帯びた彼彼女たちの境遇や立場を想像させる開かれた余白とでも呼びたい領域が、安房直子の作品にはある。
上の2話のほか、「さんしょっ子」「空色のゆりいす」「もぐらのほったふかい井戸」「鳥」「あまつぶさんとやさしい女の子」「だれも知らない時間」を収録。


生きるということは失い続けること。
絶えず何かが、それと気付かぬうちに掌からさらさらと零れ落ちていく。砂粒のように。
人が一生の間で失くしてきたものたちを集めたなら、きっと豊穣な失われたものの王国が出来上がるだろう。だが誰もその王国の王様になろうとは望まない。その王国の王様は、裸の王様だと知っているから。
失われたものの豊穣さは、貧しい豊穣さなのだ。だから人が生きるべきはそこではなく、絶えず失い続ける砂漠の世界であるべきだ。


4036526200風と木の歌―童話集 (偕成社文庫)
安房 直子
偕成社 2006-07

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