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zoom RSS 『金沢 酒宴』 吉田健一

<<   作成日時 : 2008/08/30 00:00   >>

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摩訶不思議な小説が二篇。

「金沢」は吉田健一の小説の代表作。金沢と題され、吉田健一は金沢をこよなく愛し、また土地の名所旧跡も幾度か出てくるけれども、この小説の舞台は一概に金沢とはいいきれない。これは一種の幻想小説で、登場人物は金沢の町から無何有の空間へと自由に移動する。そうして移動して何をするかというと、ひたすら旨そうに酒を飲んで、珍味を食べて、わけのわかるようなわからぬような会話を交わすというそれだけのこと。

主人公の内山は東京の屑鉄問屋の社長で、金沢を訪れた際にここが気に入り、路地の奥にある空家を購入して、年に何度か遊びに来ている。はじめは骨董屋だけしか知り合いのいなかったのがだんだんと増え、山奥の家の主人だの、寺の住職だの、フランス人(?)だのが出てきて、一人ずつと酒を飲んで、書画骨董を見て、美しい女が出てきて、文明や時間や四季について独白のような禅問答のようなやりとりをする。
「旅路の終りでもないでしょう、」と主人も山の方を見ていて言った。「そういつまでもどこからかどこかまで行く状態ではやりきれない。何故着いたのでもそこに向っているのでもなくて月日が経つようにして自分もいられないのか。アラビアの砂漠を越える隊商の駱駝はそれを自分の生活と思っているのじゃないでしょうか。」
「そう言えば太陽だってでしょう、」と内山は言った。「あれも廻転しながら同じ位置に止っているのじゃないようですから。」
「そして月も地球を照して廻るのをどこかに向っているとは思わない、」と主人が言った。「そんなことを考えなくても月も太陽も何れはなくなる。」


後期の読点が殆どない文体といい、写実を無視した独特に幻想的な小説世界といい、吉田健一は「誰それのような」と形容のできない唯一無二なユニークな作家だ。特異な文体は人を選ぶだろうし、広く一般受けするともあまり思えない。けれども彼の語ることは実にまっとうであり、ダンディであり、何よりユーモアに溢れている。
文学の世界に深入りして、子供の時に読んだアンデルセンのお伽噺に興味を失ったものは文学について語る資格がない。
『酒・肴・酒』


読んでもつまらないのは、率直に言って、文字通りにつまらなくて心が楽しまないからである。高級ということになっている作品は書いた人間の苦労を見せ付けられるばかりで、興味本位に書かれた筈のものは面白くも何ともない。何れにも、言葉で読むものを魅惑するという文学の根本条件が欠けていて、だから文学ではないのである。
所が、同じ定義に従えば、興味本位に書かれたものが面白ければ、それが文学作品であることを疑う人間の方がどうかしているので、外国文学なら探偵小説でも時間がたつのを忘れるのが幾らでもあり、読んでいて勇気が出て来る。
『東西文学論』


夜会に向う途中で髪が乱れて来るということはあっても、それが乱れていないことに賭けるのが男の身嗜みであり、その気でいれば、髪が乱れていてもそれが却って伊達に見える。
『文学人生案内』


本書に併録の「酒宴」は酒をひたすら飲むだけの話。吉田健一の著作は休日の昼間から、ワインでも日本酒でもビールでも焼酎でもいいから何か酒を飲みながら、いい気持になって楽しみながら読みたい。
本当を言うと、酒飲みというのはいつまでも酒が飲んでいたいものなので、終電の時間だから止めるとか、原稿を書かなければならないから止めるなどというのは決して本心ではない。理想は、朝から飲み始めて翌朝まで飲み続けることなのだ、というのは常識で、自分の生活の営みを含めた世界の動きはその間どうなるかと心配するものがあるならば、世界の動きだの生活の営みはその間止っていればいいのである。庭の石が朝日を浴びているのを眺めて飲み、そうこうしているうちに、盃を上げた拍子に空が白み掛っているのに気付き、又庭の石が朝日を浴びる時が来て、「夜になったり、朝になったり、忙しいもんだね、」と相手に言うのが、酒を飲むということであるのを酒飲みは皆忘れ兼ねている。



少し前になるが雑誌「ユリイカ」でヨシケンの特集をしている号がある。清水徹氏と松浦寿輝氏の対談が実に面白くてヨシケンへの興味をそそられる。
松浦 真の「贅沢」というのはいったいどういうことなのか、日本人はいま模索中でしょう。バブル成金の頃にとんでもない錯覚があったとみんな反省しているわけで。
清水 それはそうですね。
松浦 そういう時に吉田健一を読むと、いろんなヒントがあるんじゃないか。
清水 さっきは三〇〜五〇代と言ったけど、本当は一番おしゃれがさまになる二〇代半ばから三〇代にかけての人間が吉田健一を読むと美意識が磨かれていいんじゃないかと思います。
あんまりそそられるので集英社から出ていた著作集を古本屋で買ってしまった。


4061961055金沢;酒宴 (講談社文芸文庫)
吉田 健一
講談社 1990-11

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4791701534ユリイカ 2006年10月号特集=吉田健一
青土社 2006-09

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下の写真は金沢駅前の風景。金沢はとてもよいところだけれど、この小説を読んで期待して行くとたぶんがっかりするのではないかしらん。モダンな造りの駅なのに自動改札でないのに驚いた。
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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
金沢は今でも健一さんが愛した「金沢」のままですヨ。
>この小説の舞台は一概に金沢とはいいきれない。これは一種の幻想小説で
いえいえ逆に言えば「金沢」を忠実に現そうとしたからこそ、
あの様な小説になったワケで…
私にはとてもすんなり入ってきます。「自分のよく知っている金澤そのまま」です。

>この小説を読んで期待して行くとたぶんがっかりするのではないかしらん。
ある程度滞在しないとなかなか…ホントの良さは伝わらないかもしれません。
そんな街でございます…金澤

私のブログの「金澤点描」もぜひご覧ください。
ほんの少しですが「ホントの金澤」をご紹介しています。


hirotoh
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2009/01/25 01:06

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