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zoom RSS 『わたくし率 イン 歯ー、または世界』 川上未映子

<<   作成日時 : 2008/12/13 00:00   >>

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タイトルから推察されるとおりにけったいな小説。表題作ともうひとつ、短篇を収録。

現代科学では人間は脳で思考しているとされているけれども、本当は脳ではなくて奥歯で思考しているのだと激しく思い込んでいる妄想狂じみた歯科助手(アルバイト)の大阪弁による語りが全篇に炸裂する。脳なしで生きたことはないけれども歯なしで生きたこともないからどちらが自分の核であるのか「わたし」には判別しようがないし、しようがないなら核は脳ではなくて歯でもいいではないかというのが理屈。
奥歯は通常他人には見えない部位にあり、その点でいえば臍でもくるぶしでも性器でもよさそうなものだがここでは人体でもっとも硬いとされている場所にしてある。生まれつき頑丈な歯をもっている語り手の「わたし」は、歯について知るには歯医者で働くのがよいと歯科助手のアルバイトをはじめる。一度も虫歯になったことがないから見るものすべて目新しい。彼女には室内が一個の口の中のようにも見える(診察台を「舌」という)。100ページほどの作中に「わたし」もしくは「私」の羅列が過剰に続き、常軌を逸した饒舌な語りが読む者を翻弄する。

哲学的な諸問題を扱っていると思うのだが、そちら方面に造詣のない管理人にはこの問題はお手上げ。語り手はみずからを「わたし」と表記するが、この「わたし」は自分自身のみならず、他人のなかにもあって、他人のなかにいる「わたし」のことは「私」と表記して区別している。「わたしとは何か」なんて問われても「『わたしとは何か』って『わたしとは何か』を考えているあなただろ」としか答えようがない。語り手は妄想に妄想を重ねて、未だ生まれてきていない、というか妊娠するしているのかいないのかそれもよくわからないのだけれども、とにかく未だ存在していないだろう赤ちゃんに向けて日記をつけはじめて、しかもその日付が前後しているというわけのわからなさ。本人は恋人と思っている男も、実際には恋人なのかどうか、どうも彼女の思い込みらしくて、彼のアパートへ押しかけていくとちぐはぐなやりとりになる。

中盤までの辟易するような自分語りののち、この恋人と、彼が付き合っている女性との会話の場面によって物語は相対化される。語り手はわたしわたしわたしと「わたし」を連呼するが、自身の内面を掘り下げるだけではわたしには逢着できないと思うのは、人間は他者とのかかわりのなかにこそ存在すると信じているからで、うっとうしい自分語りの状態から脱した語り手がぶつかった現実は彼女と彼女の語りにつき合わされてきた読み手にとっては意想外なものとなる。こうして相対化することによって人間は自分というものの輪郭をつかむのだし、輪郭のない内面だけの自己探求は単なる自己完結に過ぎないだろう。スタンダールの言葉だったか、これが思い出される。
「人は孤独のなかですべてを手に入れることができる。ただひとつ、自分自身を除いては」。
興味深いのは、この語り手が実際には「ブス」であるらしいところだ。作者は美人であるし、美人の創作物にふれる受け取り手にはバイアスがかかりやすい(と思う)。これまでの展開を相対化するのみならず無化しかねない「ブス」という設定に作者の意地悪な、あるいは悪戯好きな心情を見た気がする。美人だけになおさら。「なんだかんだいって、でも結局ブスか」というこの爆弾のもつ破壊力について考えるといろいろややこしいことにもなりそうだが。

この「わたし」の連呼による自己探求は、ある作家が「自同律の不快」と呼んだものと通じるのだろう。語り手の望みは究極の地点で「わたしだ!」と叫ぶことではないかしらん。


併収の「感じる専門家 採用試験」は子どもを生むことについてのお話。他者のなかの自分、自分のなかの他者という問題、人間=世界であるか否かという問題を扱っていてこちらのほうが主題は明確。こうした問題がなんという哲学的命題なのか、それは知らない。



4062142139わたくし率イン歯ー、または世界
川上 未映子
講談社 2007-07

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2009/06/06 09:54

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