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昭和35年10月に日比谷公会堂で起きた、社会党委員長浅沼稲次郎暗殺事件に迫ったノンフィクション。 「人間機関車」「演説百姓」と囃された61歳の政治家浅沼稲次郎が右翼思想を奉じる17歳のテロリストに刺殺されたのは、自民党、社会党、民社党の3党党首立会演説会における演説の最中だった。当日はまず民社党の西尾末広が演説を行い、二番目の演説者は浅沼だった(三番目が自民党の池田勇人)。西尾が演説をしている時点で各政党が動員した聴衆から凄まじい野次が飛んでいたが西尾のあとに浅沼が演壇に立つと野次はさらに激しくなり、右翼の聴衆からの演説妨害まで起きる。場内が騒然とするなか司会は浅沼の演説を一旦中断させ、静まるよう聴衆に呼びかけ、演説の再開を浅沼に促したその30秒後に、突如、彼めがけて黒い影が、体当たりするようにぶつかってきた。その手には約30センチの短刀が握られていた。 その黒い影が、元大日本愛国党員の山口二矢(やまぐちおとや)、17歳の大学生だった。彼は右翼思想に強く共鳴して同党に入党したが、その後次第に何ら発展のない政治活動に幻滅を感じるようになり、脱党して「左翼指導者を倒す」ことを考えるようになる。山口が浅沼を襲う半年前には河上丈太郎が右翼に肩を刺される事件が起きており、これをニュースで知った山口は「遅れたな」と述懐する。彼は左翼指導者を倒せば左翼勢力を阻止できるとは考えていなかったが、「これらの指導者が現在までやってきた罪悪は許すことができなく」、また「扇動者の甘言によって付和雷同している」一般国民が覚醒してくれるのを期待して暗殺を決行したのだった。山口は浅沼のほかにも数名をリストアップしていたが、そのなかから浅沼を選んだのは、社会党は日本の赤化を図っているということ、浅沼の国民への人気は脅威であること、そして、これは当日に知って決行の決め手となるのだが一般聴衆に紛れて政治家に近づける立会演説会の出席者であったことがその理由だった。 17歳の少年がこのような事件を単独で起こすとは考えにくく、当初は教唆されたものと思われたが、実際にこれは山口が一人で案を練り決行した事件だった。山口は浅沼の胸を二度刺したあと、さらに三度目を刺そうとしたところで会場を警備していた警官に取り押さえられる。その後事情聴取を受け、移送された少年鑑別所で首を吊って自殺する。このような少年が人の関心を惹くのは自然であり、ともすれば関心は山口にのみ向けてしまいそうになるのを、本書は山口とともに浅沼稲次郎にもスポットを当てて、彼ら二人の人生が交差するその一瞬へ向けて、弓を引き絞るように少しずつ緊張の度合いを強めながら読み手を導いていく。浅沼の政治家人生を知る過程で明らかになるのは彼が上り詰めた地点で口にしたある言葉の存在だ。それが結果として山口に命を狙われることになるのは因果というほかない。 良書だとは思うが気になるのは山口をややヒロイックに描いている点だ。どのような理由であれ、この事件はむごい殺人事件であり、テロルといえば響きはよいがつまりは犯罪だ。浅沼を殺すことは浅沼個人にとどまらず、彼の周囲の人間たちを巻き込み、またテロリストである山口の周囲をも巻き込む。人は一人では生きていないから。山口は事件後の取調べで、行為を悔いてはいないが浅沼が故人となった今は冥福を祈る気持であり、浅沼の家族には申し訳ない気持でいっぱいだ、というような不可解なことを述べている。このエゴイズムが理解できない。 ともあれ、事件の背後にはいくつもの偶然があった。浅沼がその日に限ってスーツを変え、いつも胸ポケットに入れていた分厚い手帳が入っていなかったこと、山口が遅れて日比谷公会堂に到着したことで警官たちは入場したあとであったこと、会場が騒然とした直後だったために警備の反応が一瞬遅れたこと、これら偶然の積み重ねがこのような悲惨な事件を起こすことになったのに人の世の不気味さを見る気がする。 以下の動画はその瞬間のもの。これがテロルだ。いかなる理由があれ絶対に許せない。
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