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zoom RSS 『ちぐはぐな身体』 鷲田清一

<<   作成日時 : 2008/12/19 00:00   >>

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平易な言葉で服飾と身体の関係を哲学的に考察する。それは「じぶんとは何か」を問うことにつながるだろう。

日本の社会では誰もが生身の体に服という布をかぶせて暮らしている。誰もがそうしているこの服飾のもつ意味は何なのか。さして深く疑問に感じることなく、自分の好きなブランドだから、流行のスタイルだから、着ていて心地いいから、そんな理由でしか服を選んでこなかった人間にとっては刺激的な内容だった。

服は体を覆う。体を覆ってその一部を隠す。しかし本来人間には隠さねばならない部位などなかった。むかし、パリのある新聞にこんな漫画が載ったことがある。二人の踊り子で、一人はわれわれがよく知るバレリーナの格好で、顔と手足は露出していて胴体と下腹部のみを服が覆っている。もう一人は顔を隠しているが乳房と腹部は露出し、性器を含め下半身は薄いヴェールのような透き通る生地のスカートで申し訳程度に覆っている。これは異なる文化をもつ国の踊り子を対比した漫画で、文化が異なれば隠す部位も異なるという事実を端的に示す。また、北イタリアのある修道院には、トイレに扉はなく、かわりに入り口に仮面が備えつけてあって、排泄するときはそれを顔に装着するという。顔が隠されれば排泄している姿を人に見られても恥ずかしくないというわけか。顔が隠されるということは彼が誰かわからなくなる、名をなくすということになる。そういえば夏になるとあちこちの海辺で申し訳程度に体を覆うだけの水着を着た若い女たちを見るけれども、彼女たちは水着よりは露出が少ないだろう下着姿で浜辺を歩いたりはしない。さらに踏み込めば、下着がもし機能性のみを重視しているのならなぜデザインや生地にこだわる必要があるのか。下世話な言葉を用いれば「セクシー」にする必要があるのか。これらの背後にあるものは何か。

著者は述べる。「ひとがここを秘さねばならないという解釈が、恥ずかしいという感情を生みだす」。こと性に関する体の部位が過剰に隠さねばならないとされるのは、われわれの文化がそうすべきと「でっち上げ」ているからにほかならない。そうしてわれわれの文化が、いわば人工的に隠さねばならぬ部位を作り出したことによって、「本来体に隠すべき部位などない」ということが隠されたのだ(「隠すべきものは何もないことを隠す」)。服飾とは文化であった。


ところで人は自らの体をどの程度に把握しているだろう。鏡に写った顔は左右が逆であるし、つねに作った表情しか写さないだろう。われわれが他人にさらしている無防備な表情を自ら見ることはできない(せいぜいが写真だ)。同様に、背中や後頭部を見ることもできない。女なら性器を見ることもできない。そういった部位はイメージとして捉えるしかなく、自分であるこの体なのにわれわれはなんとイメージに頼って生きていることか。なんと不確定にしか自分を捉えていないことか。
このイメージという語は重要で、われわれが体について考えるとき、これに頼る機会は多い。ダイエットしたい、筋肉をつけたい、顔を小さくしたい、二重瞼にしたいといった願望はすべてイメージによるものだ。憧れの芸能人の誰それのようになりたいというのも、ファッション誌で美しいモデルの着ているワンピースが欲しいというのも、結局は「今ここ」にある自分を置き去りにしてイメージによって自分に輪郭を与えようという試みだ。もしこのようなイメージを失ったら、われわれはどのように自分を把握するのか。そうしたらもっと狭い範囲内でモデルを見つけようとするだろうか。なるほど、やはり人間は関係性のなかにしか自分を見出せない。

思春期のころは学生服を着くずしていた少年も、やがて大人になればワイシャツにネクタイを締め、ダークカラーのスーツを着て通勤電車に乗るようになるだろう。少年のころに社会の規範を逸脱しようとしていたものが、いつしか規範のなかに身を置くようになる。著者の言葉を借りれば、まさにファッションとは「社会を組み立てている規範や価値観との距離であり、ひいてはじぶんとの距離感覚である」。着るという身近で当たり前のことが、こんなにも哲学的であったことを知って生きていることが少し楽しくなりそうな気がする。難しく考えなくても、自分の気に入っている服を着ると気持がいい。この気持よさが何なのか、イメージによって自己を捉えているから「素敵な自分」という幻想に酔えるからか、少し考えてみたい。考えるためにいい服を着たい。しかしいい服とは何だろう。

とはいえ管理人はもういい大人なので奇抜なファッションをする元気はない(体制のなかの従順な羊)。ゆるいパーマをかけて平日はスーツ、休日はユナイテッドアローズの服ばかり着ているつまらない人間だ。童顔なので未だに20代に見られるが、30過ぎの男はどこでどんな服を買えばいいのか。タケオキクチとかがいいのだろうか。余談ついでだが、管理人が学生だったころにはアニエス・ベーの服を着ている女は憧れだった。あの清楚なエロスが本当に素敵だった。


4480420428ちぐはぐな身体―ファッションって何? (ちくま文庫)
鷲田 清一
筑摩書房 2005-01

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