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zoom RSS 『海に落とした名前』 多和田葉子

<<   作成日時 : 2008/12/27 00:00   >>

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表題作のほか三篇の短篇を収録。

「海に落とした名前」の語り手「わたし」はNY発成田行きの飛行機に乗っていたが不時着のショックで記憶をなくしてしまう。住所や仕事や家族や友人、そして自らの名前すら思い出せない。持ち物はすべて脱出の際に機内に置いてきてしまっており、彼女の過去の手がかりとなるものといったら一束のレシートだけ。それはスーパーやブティックといった彼女が訪れたらしい場所の痕跡は認められるものの、自らの過去を思い出させるよすがとはならない。
日本に帰国した彼女はある病院に入院するが体に異常はみられない。レシートとにらめっこするしかない彼女のもとを、ある日二人の兄妹が彼女を助ける名目で訪れる。二人は彼女の記憶を取り戻すためいろいろと提案するのだが、よき協力者のように思えた二人と接していくうちに「わたし」は彼らがなんらかの思惑があって自分に接近してきたのではないかと疑うようになる。兄も妹もやや病的な性向があり、次第にそれが「わたし」を不安がらせるようになる。彼女は自分の名前を思い出せるだろうか。

名はそれが示すものの存在を証だてる。名のないものは存在を認められない。そうであるなら、名をなくしてしまった人間はどうしたらいいのだろう。語り手は入院の費用に健康保険の適用を求めるのだが、名前がないために適用されない。体はここにあるのに、その体には名前がないために何者でもないとされてしまうのだ。名をなくすとは自らの存在の根幹を失うこと。そして人は過去の堆積によって社会的存在として生きているのだから記憶をなくすとはもはや何者でもない、赤子のような存在になってしまうということになる。自分で自分がわからなければ他人にきくしかないわけだが、彼女にもっとも近い他人は謎めいた兄妹であり、彼らは何か企むところがあって彼女に近づいてきたようだ。彼らは彼女をますます混乱させるだろう。何もわからず、信じられなくなったら、人はどうしたらいい。


表題作のほか、収録された「時差」「U.S.+S.R 極東欧のサウナ」「土木計画」にも共通していえるのが人の抱えるしかない孤独感だ。リアルタイムで世界各地の情報を得られながら、それが結合には展開せずに、ますます孤立を深めるしかない現代の人間の孤独。これはあまりに図式的に過ぎる解釈かもしれないけれども、自らに寄る辺などないと日々感じている人間にとってはたまらなく切ない一冊だった。


4104361038海に落とした名前
多和田 葉子
新潮社 2006-11-29

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