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zoom RSS 『ウンディーネ』 M・フーケー

<<   作成日時 : 2009/01/17 00:00   >>

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甘き死よ、来たれ。

あやかしが棲む魔性の森をぬけた岬には老いた漁師の夫婦と、彼らに幼いころ拾われ育てられた可憐な少女が暮らしていた。少女の名はウンディーネ。彼女は人間ではなく、水の精だった。
平穏に暮らしていた彼らのもとに、ある日一人の騎士がやってくる。ウンディーネと恋に落ちた騎士は、人外と知りながら彼女を娶り、故郷へともに帰還する。
水の精には魂がない。ウンディーネは人間と結ばれることで魂を得ることができる。そして彼らには掟があり、もし水辺で夫が彼女を罵ったなら、彼女は水底の世界へと帰らなければならない。その後、もしも彼女を捨てた男が二度目の妻を娶るなら、再び地上へ戻り、その男を殺さねばならない。

ウンディーネと騎士は睦まじく暮らしていた。しかし人のこころは儚いもの。騎士のこころは別の女に傾き、あるとき、冒してはならぬ禁忌を冒してしまう。ドナウ川を下る船上で、騎士は激昂のあまり妻を罵ってしまう。彼女は水底の王国に連れ戻され、騎士は自らの軽率を悔やむことになる。

月日は経ち。
騎士は二度目の妻を娶ることとなる。婚礼が済んだあと、久しく会えなかったウンディーネは再び地上に現れ、懐かしむ騎士の抱擁のうちに、流した涙で彼を殺してしまう。

騎士はウンディーネを心底から愛していた。二度目の妻を娶れば、彼女が自分を殺しにくることも知っていた。とすれば、彼はもう一度彼女に会いたいがために、あえて禁忌を冒したのではないだろうか。

著者のフーケーは何百年と続く貴族の家系に生まれた。成人したのち軍人としてライン地方に遠征した際、一人の少女と出会い、恋に落ちる。「愛らしく、花のようにも小鳥のようにも感じられる少女」だったという。はじめの数年間は蜜のような日々を送ったが、その後破局を迎える。訳者は、フーケーの家柄や地位などからくるさまざまな軋轢が原因だったのではないか、と述べている。障害のある恋は激しく燃えるが、それが夫婦となってしまうと煩いは多くなるだろう。身分の差がある二人ゆえ、日々の生活は些事にいたるまで何かと齟齬があったのかもしれない。そしていつしか恋の花は凋んでしまう。やりきれない話だ。

おきゃんな少女として登場するウンディーネが、騎士と結ばれた夜に魂を得、貴婦人のたおやかさを身につけていく過程は、少女から大人へと成長していく一人の女の姿を描いていとしくも切ない。フーケーの最初の妻のイメージが投影されているのだろう。そして騎士が殺されるという筋も、著者のなかにある罪悪感を具象化したもののようで胸が痛む。

はらりとベールが落とされると、そこには昔と寸分違わぬウンディーネがいた。一度は立てた誓いごとを自ら破り、哀しみの底に堕ちた水の女を、抱けば死ぬとわかっていて城主は手をのべ、その細い体を腕で拉いだ。応えかえしてウンディーネが体をあずける。そのままくずおれるように膝をつくと、ウンディーネは騎士の顔を両手で挟み、くちづけた。名残の記憶にとどめておこうとでもするように、城主はまじろぎもせず、かつての妻を見つめていた。
ウンディーネの眼から涙がこぼれた。体のなかの水をしぼりつくそうとする涙の一滴が、男の眼に入った。一瞬視界が昏み、鋭い痛みが体を走りぬけていく。それを、甘い、と男は思った。なにもかもが輪郭をなくし、死の幕にとざされていく。そうなってもまだ、彼はウンディーネを抱きつづけていた。そしてその力が抜けてからも女は体を離そうとはしなかった。


人と人ならざるものとの恋。美しく哀しいこの究極のロマンスに、ラッカムが彩りを添える。岸田理生氏の翻訳は格調高くて見事なもの。新書館にはラッカムの絵を添えた『真夏の夜の夢』(個人的にシェイクスピア劇のなかでいちばんすきだ)や、デュラックの絵を添えたアンデルセンがあるようで、こういうものを、暖房のきいたあたたかな部屋で、紅茶を飲みながら読むことはきっと幸福だと思う。


4403031072ウンディーネ (新書館の海外名作絵本シリーズ)
Arthur Rackham 岸田 理生
新書館 1995-09

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岩波文庫はちょっとタイトルが違う。
4003241517水妖記―ウンディーネ (岩波文庫 赤 415-1)
柴田 治三郎
岩波書店 1978-01

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ジロドゥのこれは戯曲。「オンディーヌ」は仏語読み。言葉づかいが、なんというか、今だね…。
4334751520オンディーヌ (光文社古典新訳文庫)
Jean Giraudoux 二木 麻里
光文社 2008-03-12

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