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zoom RSS 『心は孤独な狩人』 マッカラーズ

<<   作成日時 : 2009/01/26 00:00   >>

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グレン・グールドのバッハのような。

不況に襲われた1930年代のアメリカの、ある工場町が舞台だ。聾唖の男シンガーは、同じく聾唖のギリシャ人アントナープロスと暮らしていたがこの男は精神を病んで入院の身となり、シンガーは友人と離れ離れになる。孤独な生活を送ることになるシンガーだったが、町には彼のほかにもやはり孤独な人々がいた。音楽家になるのを夢みる少女、革命を夢みる男、黒人の地位向上のため奮闘する医師、妻を亡くした食堂の主人。彼らはひょんなことからシンガーと出会い、彼のなかに自分を受け入れてくれる無限の包容力を見出し、彼のもとを訪れるようになる。
読唇術によって人の言葉を聞き取れるとはいえ、シンガーはしかし特別な男ではなかった。四人の登場人物たちはそれぞれが自らの胸のうちを、容易に人にはさらけ出さぬ本音を、シンガーにだけは吐露するのだが、それは彼らがシンガーを聖者かなにかのように錯覚していたからだった。けれどもシンガーは、アントナープロスへの(同性愛的なとさえいえる)愛情が叶わぬことに苦しみ、またホテルに泊まれば備品を盗むような、どこにでもいる、ありふれた男だった。言葉が話せないこと、そして何を聞いても静かに微笑んでいることから、周囲が勝手に幻覚を見ていただけだったのだ。

誰もが話したいことがある。誰もが他人から理解されることを望んでいる。四人の人物たちは、その孤独を埋める場所がほしかったのだ。自分は無価値ではないこと、自分は孤独ではないこと、それを実感したかったのだ。だから彼らはシンガーのもとを訪れ、彼にだけは、他人には決して話さないだろうことを話し、また助言を求めもしたのだ。しかしシンガーは凡庸な男であり、彼はアントナープロスの病死を知って絶望し、自ら命を絶ってしまう。残された人々は真相を知ることなく、謎だけが残される。そして彼を失った人々は人生の挫折に直面する。音楽家を夢みた少女は家族の生活のために十セント・ストアの店員になり、革命を夢みた男は町を去り、医師は病床に臥し、食堂の主人はほのかな恋心を寄せていた少女への想いがいつしか褪せてしまったのを自覚する。

ただ黙ってこちらの話に耳を傾け(続け)てくれるシンガーは、四人にとって、こういってよければ都合のよい存在だった。小説の中盤に、これまで個別で訪問していた四人の客たちが、偶然一同に会する場面がある。するとどうなるか。一対一のときには饒舌だった彼らが、途端に黙り込んでしまうのだ。部屋の居心地は悪くなり、彼らは一人また一人と帰って行く。彼らにとってシンガーだけが、内心を吐露できる存在だった。聾唖という障害が聖痕とされたのだ。

誰もが自分の話したいことだけを話し、他人の話は聞こうとはしない。医師と革命家との対話も、結局は平行線をたどったままに終わってしまうし、食堂の主人の想いは少女には誤解されたまま終わる。彼らのうちの誰一人としてシンガーの話を聞こうとはしなかった。誰も手話を学ぼうとはせず、相互理解を深めようとはせず、聖者というイメージで彼を規定し、それきりにしてしまった。こうしてみると、もっとも孤独な人物がシンガーであったのは明らかだ。友人に想いは届かず、誰も彼の話を聞こうとはしてくれない。訪ねてくる人たちはみな、自分の話をしてばかり。このような孤独に人は堪えられるものだろうか。たった一人で。彼がピストル自殺を果たすのは必然だった。


こうしてブログなど書いている自分も、書いているのは自分のことばかりだ。人は誰もが、他者に理解されたいという欲望をもっているだろう。家族が、友人が、恋人がいても、彼らを愛してはいても、理解されていると自負している人がどれほどいるだろう。孤独を癒す行為としてのエントリの投稿。しかしエントリが積み重なれば積み重なるほど、募ってくるのは、そして確信を増すのは、孤独感、それではないだろうか。徒労の堆積。それでも一縷の希望を捨てられないからこそ、「つながりたい」という幼稚な夢想を未だ振り切れないからこそ、今夜もこうしてエントリを書き、「投稿」のボタンをクリックする。それは無限に広がる空間にむかって叫ぶのにも似た行為かもしれない。呟くように叫ぶ。
すべての孤独を抱くブログ管理人と、すべての孤独を抱く読書家に教えてほしい。エントリの投稿で、ページを開くことで、あなたの孤独は癒されていますか、と。

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