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zoom RSS 『アブサロム、アブサロム!』 フォークナー

<<   作成日時 : 2009/02/27 00:00   >>

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ウィスタリアの咲き匂う夏に。

1830年代、アメリカ南部の田舎町ジェファソンにどこからか突如トマス・サトペンと名乗る男が20人の黒人奴隷を引き連れて現れる。彼はどうやったのか、郡の管轄化にあった肥沃な100マイルの土地をわがものとして大プランテーションを築き上げ、土地の古い家柄の娘を娶って一男一女をもうける。ここまでは順調だった。しかし、かつて黒人の血が混じっていたために妻ともども捨てた息子チャールズ・ボンが偶然にもサトペンの長男ヘンリーとミシシッピ大学で出会ったことから歯車は狂いはじめる。異母兄とは知らずにヘンリーはボンに惚れ込み、彼をわが家に招待し、ボンはサトペン邸で出会った長女ジューディスと婚約する。ヘンリーもジューディスもボンの素性に気づいていなかったが、サトペンはボンが息子だとすぐに見抜き、婚約に反対する。その理由は近親相姦のゆえにではなく、黒人と白人が交わる異種族結婚を忌避するがゆえだった。その頃に南北戦争が勃発し、どさくさに紛れてボンはジューディスと結婚しようとするが、父からボンの素性を知らされたヘンリーはもはやこれを認めることはできず、彼を撃ち殺し逐電する。戦争が終結し、帰還した老サトペンは荒廃したプランテーションを再建しようとするも、焦ったために自ら破滅を招いてしまう。

いわゆるストーリーは以上だが、これを述べる小説の構造が非常に凝っている。
小説内の現在は1909〜1910年。前半部分では『響きと怒り』に登場した大学生クウェンティン・コンプソンがジェファソンに帰省したおりに、父のコンプソン氏とサトペンの義妹ローザからサトペンにまつわる話を聞かされる。彼らの昔語りをとおして南部の歴史が見えてくる。辺境開拓、奴隷制、南北戦争、血縁――。サトペンは幾人もの女に子を産ませた男で、粗野で野蛮ではあったが偉大な人物だった。ローザはかつてこの義兄に侮辱されたことがあり、彼女の語るサトペン像は嫌悪と怨嗟のために偏っている。サトペンの親友だった父から聞いた話として息子に語るコンプソン氏の視点のほうが客観性をもっている。
後半部分では、ハーヴァード大学の寮に戻ったクウェンティンが同室の友人シュリーヴに、郷里で聞いた話と自分が見たものを語り、南部について議論し、検証し、総括する。

複数の話者による語りによってトマス・サトペンという特異な人物の人生が浮き彫りになる。
彼はウェスト・ヴァージニアの山村に貧しい白人(プア・ホワイト)の子として生まれた。子どものころ使いに出された屋敷で、黒人の召使に「裏に回れ」といわれたことから権力欲に目覚め、ハイチに渡ってどうやってか一財産を築き、ある女と結婚する。が、妻に黒人の血が混じっていたために彼女と離婚し、息子を捨て、ジェファソンにやって来る。大プランテーションを築き、一男一女をもうけたが捨てたはずの息子が時を経て現れ…とはすでに述べた。運命の悪戯によって彼は破滅するが、この破滅がよく形容されるように神話的なスケールをもって読者に迫ってくる。悪行を積み重ねた男だったが、彼のその悪行は幼い頃に受けた傷にあったという点に悲劇性を感じる。

複数の視点と多声性がこの小説の特徴だろう。語りは語りのうちにさらなる語りを含む。コンプソン氏の語りのうちに祖父コンプソン将軍の語りが含まれ、ミス・ローザの語りのうちにサトペンの家族たちの語りが含まれる。何かが憑依したかのような不気味で錯綜した構造になっているが、この濃密さ、この重苦しさをもってしかディープ・サウスの歴史は語れないのだろう。長々と続く叙述はときに意を見失いかねないほどで、どの頁にもびっしりと文字が印刷されている。フォークナーはそういえば詩人として出発したのだった。

個人的にはフォークナーは好きではない。人と人との距離が近くて鬱陶しく、読んでいて疲れる。しかし本作が傑作であるのは認める。文芸の価値はほかの芸術の価値と同様に、好悪の基準を超えてしまう。いや、個人の好悪の基準を超えるものこそ偉大な芸術作品というべきなのか。再び読む気にはなれなくてもそれはわかった。ガルシア=マルケスの『族長の秋』はこれを下敷きにして書かれたのではないかと推測したくなる。

なお表題のアブサロムとは「サムエル記下」に出てくるダビデの息子の名。アブサロムには美しい妹タマルがいたが、兄アムノンがタマルを犯したためにアブサロムは怒り、機を見て兄を殺す。ダビデは彼を許すが、のちにアブサロムは父に反逆し、戦いになり、戦死する。息子の死を知ったダビデは涙を流して嘆く。
「わたしの息子アブサロムよ、わたしの息子よ。わたしの息子アブサロムよ、わたしがお前に代わって死ねばよかった。アブサロム、わたしの息子よ、わたしの息子よ。」(新共同訳)


4309709494アブサロム、アブサロム! (世界文学全集 1-9) (世界文学全集 1-9)
篠田 一士
河出書房新社 2008-07-11

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さて河出書房新社の「世界文学全集」に第3集として6冊が加わった(ラインナップはこちら)。管理人としてはベールイの『ペテルブルグ』とデーブリーンの『ベルリン・アレクサンダー広場』とクノーやヴィアンを入れてほしかったのだが…『ロード・ジム』が入ったからまあ、いいか。


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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちは。
これほど重苦しいフォークナーが、ドストエフスキーではなく、トルストイを愛してそこから作品を書いている、そういうところが、文学の継承の不可思議なところです。私はフォークナーを愛していますが、こんなどろどろしたものは書きませんし。書けません。
M
URL
2009/02/27 18:14
>Mさん

こんばんは。
そういえばMさんの書棚にはフォークナーの全集がありました。この人が後続の作家たちに与えた影響はどれほど甚大でしょう。たぶんどんなに高く評価してもしすぎることはないかと思います。個人的な好悪となると別ですが。
それにしてもなんとヘヴィーな文学でしょう。この小説の語りにはまじないのような魅惑と怖さがあります。悪酔いしました。
epi
2009/03/01 00:34

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