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zoom RSS 『少女病』 田山花袋

<<   作成日時 : 2009/02/17 00:00   >>

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どこに私らの恋人があるのだらう。
ばうばうとした野原に立つて口笛を吹いてみても
もう永遠に空想の娘らは来やしない。

萩原朔太郎 「野鼠」


この小説の主人公が他人とは思えない。
彼は37歳で既婚者、二人の小さい子どもがいる。毎日毎日、晴れの日も雨の日も決まった時刻の電車に乗って、勤め先の出版社へと向かう。若いころには小説を発表して評判を集めたものだったが、いつしか飽きられ、いまではしがないサラリーマンだ。勤めには嫌気が差していて、美文の新体詩をつくることが彼の生活の愉しみのひとつとなっている。妻への情愛も褪せたこの男にはほかにもうひとつ愉しみがあって、それは美少女を眺めることだった。

決まった電車に乗る人間は、駅や車内で決まった顔を見ることになる。彼は、美しい少女を車内で見かけては、さり気ないふうを装ってじっと彼女を観察する。彼には何人かのお気に入りがいる。女学生もいれば、もうじき嫁に行くのだろう20歳そこそこの女もいる。しかし彼の少女たちへの思いは屈折している。男でも女でも、美しくて若い人間を見ることは愉快だろう。しかし彼は彼女たちを眺めて、ああ美しいと嘆息するだけではすまない。あんな美しい女がいずれは誰かのものになるのか、誰かの腕に抱かれるのか、そう想像するだけでやけつくような痛みを感じるのだ。憧れるあの美しい女が誰のものになったとしても、それが自分のものにならないことだけは確かだ。そう思うと、どうしてもっと若いときに大恋愛をしなかったのだろうと自らの過去を悔やむことになる。

小説の終わりはあまりにあっけらかんとしていてそれが不思議な可笑しさを誘う。しかしそうした小説の筋がどうこうというよりも、この主人公の心理が非常に身につまされる。彼の少女たちへの憧れは、過ぎ去った若さへの憧れなのだ。中年になり、家庭があり、勤めがある。なんとなく先は見えた気になる。単調な灰色の日々を送っている勤め人は、ここではないどこかへ行きたいという思いを抱えることはあるだろう。また、自分にはこの人生しかなかったのか、もっと別の生きかたがあったのではないかという後悔とも自責ともつかぬ思いに苛まれることもあるだろう。若さは眩しい、それだけで価値がある。こんな自分になる前にもう一度帰りたいという思いがあって、その思いを具現化したものが少女だったのではないだろうか。いわば彼女たちは彼にとって、過ぎ去り、取り返しのつかぬ青春の象徴的存在だったのではないか。

このようなロマンチック・ノスタルジーに襲われることは感傷的な人間にはありえる。いつか函館を訪れたとき、日暮れの道を有名な八幡坂のほうへと向かって歩いていた。八幡坂を上りきった先には函館西高校があって、すっかり暗くなった夜のなかに校舎の窓から洩れる灯りが見えて、そちらを向くと、まだ教室に残っている数人の女子生徒たちが談笑しているのが遠目に見えて、そのときなぜか胸が切なくなったのを覚えている。冬の空気は澄んでいた。あんなにも絶好のロケーションで高校生活を送れる彼らはしあわせだ。このときの感情はきっと、小説の主人公の少女への憧れと似たものだったのだろう。憂鬱はときに甘いから、その誘いに抗えない。


ところで本書は小説と写真集とのコラボレーションだ。モデルの高山里穂さんの写真が、ほぼ2ページに一枚くらいの割合で挟まれている。小説自体は短いので、半分は彼女の写真集ともいえそうだ。まだ14歳だそうで、こんな美少女には、「少女病」患者ではなくても憧れてしまう。脚がとてもきれい。
探してみると、この手の本はほかにもけっこうあるようで、こういう試みは面白くてよいのではないだろうか。いやあ、たとえロリコン呼ばわりされようとも、やはり美少女はいいよ。「少女万歳」ですよ。
(なお写真の一部は青山出版社のHPで見られます)


4899980930少女病
藤牧 徹也
青山出版社 2008-12

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この「少女の文学」シリーズで、尾崎翠の「第七官界彷徨」を出してほしい。
4903267709眠れる美女 (少女の文学 1)
川端 康成、(写真:新津保建秀×出演:多部未華子)
プチグラパブリッシング 2008-06-20

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4878933631女生徒
太宰 治
作品社 2000-08

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4903620336風立ちぬ (SDP Bunko) (SDP Bunko)
堀 辰雄
SDP 2008-09-21

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