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zoom RSS 『シングル・セル』 増田みず子

<<   作成日時 : 2009/03/28 00:00   >>

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孤独な男女の奇妙な愛のかたち。

シングル・セル(孤細胞)とは動物や植物の体組織をばらばらにして、一個の状態にほぐしたもののこと。まさしくそのように、天涯孤独の身で生きる大学院生と、「大勢でかたまっていると、無性に一人になりたくなる」という情緒不安定な女が、ある山奥の宿で偶然知り合う。男が東京に帰る日に、無一文だという女は電車賃を彼に借り、そのあとで男のアパートまでついてくると、そのまま居座ってしまう。男は女と暮らしはじめる。女の思惑は男にはわからない。しかし、その状態が長く続いていくにつれ、失うことに慣れきったがゆえに何にも執着せずにいられた男の心理が少しずつ変化してくる。女に愛着を覚えはじめるとともに、彼女を失うことの恐れを抱くようになる。女は何を考えてこんな真似をしているのか、その理由を探るのに疲れた男はただ自分の部屋に彼女がいる、それだけを受け入れる。しかし女への執着を彼がとうとう自覚して、それを口にした翌朝に、女は姿を消してしまう。

隠花植物のように生きている男と、彼には理解できない不気味な他者としての女。女は終盤まで自らの胸のうちを明かさず、明かしたと思ったら、それの半分は嘘だという。気に入ったところだけ信じてくれと書き残して彼女は姿を消す。そして残された男は、彼女の短いメモを読み、その行間にある(と彼は信じたい)想いを想像して、この二人の奇妙な関係は終わりを迎える。彼らはたぶん、再び出会わない。

不気味な女ではあったが、彼女との関係を通して、モラトリアム的な人間だった男が社会人として一歩を踏み出すまでを書いており、叙情や感傷を排した明晰かつ冷淡な文体の小説でありながら、読後感はすがすがしい。人間はお互いに接近しては離れていくことを書いたのはミシェル・ウエルベックだった(『素粒子』)。細胞は一つだけ取り出しても生きてはいる。が、弱い内部を守るために殻を堅くしていき、結果として細胞分裂ができなくなり、一代限りで死んでしまうという。孤独な境遇を生き、他人にも冷淡だった彼が、大学院から民間の研究所に就職し、社会人としての一歩を踏み出したのち、他者とのかかわりを通じて、シングル・セルの状態から脱したのかどうか、著者はそこまではあえて書かない。ただ余白だけがある。他者との関わりが希薄だといわれる昨今に読まれると当時とは違った発見があるだろう小説。そして、恋の終わりはメールではなく手書きで迎えたい。無機質な機械文字ではなく、あなたのペンでとどめを刺してほしい。そういう気分になる。


4061976753シングル・セル (講談社文芸文庫)
増田 みず子
講談社 1999-08

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