epi の十年千冊。

アクセスカウンタ

zoom RSS 『小説・秒速5センチメートル』 新海誠

<<   作成日時 : 2009/04/02 00:00   >>

トラックバック 0 / コメント 0

新海監督による同名のアニメーション映画の、監督本人による小説化。

嘘か本当か知らないけれど、本作のタイトルは桜の舞い落ちる速度のこと。詩的に美しい。

少年には好きな少女がいた。少女も彼のことを想っていた。幼すぎる恋心はしかし、大人の事情によって引き裂かれる。少年は二人が過ごす東京を離れ、鹿児島の離島に引っ越すことになる。距離によって想いは裂かれ、そのまま疎遠になっていくことで時間がまた二人を裂く。

時の経過によって忘れていたはずなのに、もう十五年も前のことなのに、不意に、女は、結婚式を間近に控えたある日、実家で荷物を整理していて、かつて少女だったころに出せなかった恋文を押入れの奥から見つける。その夜、彼女はむかしの夢を見る。彼女のそばには好きな男の子がいて、その子は雪の降る夜に何時間もかけて、東京から北関東のある町まで、彼女に会いに来てくれたのだ。あの男の子はなんという名だったろう。

同じ夜に、男も夢を見ていた。雪の降る夜に、互いに好意を抱いていながら離れ離れにならざるを得なかった少女に会いに、何時間も一人で電車に揺られていった中学生のころの夢を。その夜に交わした接吻は、彼のはじめての接吻だった。

男はその後幾人かの女と交際したが、どうしても関係を長続きさせられなかった。彼の脳裏を、ある女の残像がよぎる。あの女が、初恋の相手が、どうしても忘れられなかったのだろうか。彼は知る由もないが、その女はまもなく彼の知らぬ誰かの妻になる。

思い出のなかの想い人は美しい。彼もしくは彼女は理想化され、現実の、生身の彼もしくは彼女とは似ても似つかぬ存在に仕立て上げられてしまうだろう。その像に憧れ、追うのは不毛に過ぎる。しかしそもそも恋とは不毛なものではないと誰に断言できよう。


小説は原作の映画を補完するかたちになっている。管理人は映画のほうを先に見て、そのきつさに吐き気を覚えたが、小説はそれよりも前向きな可能性を残して終わる。しかし偶然の、奇跡的な再会は、それ自体を僥倖として受け取るべきで、それ以上何かを求めてはいけないと管理人は思う。美しいものは美しいままにしておくがよい。

感傷的な人間、未だ古い恋の傷跡を引きずっている人間には辛い内容だ。管理人も、初恋の女を思い出したからこそ、そしてそれを過去として整理できていないからこそ吐き気を覚えたわけで、冗談交じりにいわれる「男は女を名前を付けて保存、女は男を上書き保存」というような安易に性差で片付けられる問題ではない。初恋のダメージはときにその人のその後の感情生活を破壊してしまう危険性を孕んでいて、決して軽視できない。管理人の年上の知人であるある女は、非常に美しくまた賢いが、感情生活のほうはひどく晩生で、食事をしながら軽い口調でその話題を振ったら、「初恋が忘れられないのよ」とひどく切実な声でいわれたのには弱った。主人公の男に共感するのは、決して同性だけではあるまい。

自分は未だ相手のことを想っているのに、相手はまもなく自分の知らぬ誰かと結ばれる――そのことの絶望は人ひとりを破滅させるのに充分な威力をもっているかもしれない。映画を見たかたはどうぞ小説のほうも、小説を読まれたかたはどうぞ映画のほうも、どちらもご覧いただきたい。そうすることで見えてくるものがある。


おまえが欲しい。
この欲望はしかし相手が決して所有できぬ存在であるという前提があってこそ、激しく燃え上がるものなのだと改めて知る。そして恋愛の不可能性に直面して憂鬱になることのうちにすら、快楽があるということも。

4840120722小説・秒速5センチメートル (ダ・ヴィンチブックス)
新海誠
メディアファクトリー 2007-11-14

by G-Tools



『秒速』のMADではこれが好き。かつて二人で歩いた道を、いまは一人で歩く。(右下のヒヨコでコメント表示の有無を変更できます)

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
『小説・秒速5センチメートル』 新海誠 epi の十年千冊。/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる