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zoom RSS 『デス博士の島その他の物語』 ジーン・ウルフ

<<   作成日時 : 2009/04/22 00:00   >>

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物語の力というものがもしあるのなら、それを信じる気持にさせてくれる秀逸な中・短編が5編。

表題作である「デス博士の島その他の物語」は、複雑な家庭環境で育っている本好きの少年の前に、彼が読んでいる物語の登場人物が訪れるという素敵にファンタジックな短編。われわれも子どものころ、もっと世界が狭くて、その世界の狭さが豊穣な想像力を生み出す土壌となっていたころ、きっとこの少年のように、現実と物語のあいだに線を引かずに生きていたはずだ。われわれにも、一度読み終えたあとも幾度も読み返し、毎晩枕元に置いて布団に入り、手垢でページを汚し、あんまり読み返すものだからいつしか挿絵や台詞を暗記してしまった本があったはずだ。それが、著者にとってはウェルズだったのだろう。彼が子どものころに夢中になって読んだ小説が『モロー博士の島』だった。本編はこのウェルズへのオマージュでもある。作中作として挿入されるデス博士の物語には、『モロー博士』がこだましている。

ウルフは書くスタイルにもこだわる作家であるらしく、この素晴らしい短編はただ黄金時代の読者を扱っているだけに留まらない。少年は物語を読み進めて、やがて終わりに近づく(すべての物語には終わりがある)。残り少なくなったページを繰る手は、結末を知りたいという好奇心と、もう終わってしまうのかという名残惜しさのあいだで揺れるだろう。少年は自分の前に現れたデス博士に向かって、きっとあなたは死んでしまう(ヒーローにやられてしまう)のだろう、だからこれ以上読みたくないという。これはこの短編の終わり近くでもある。この場面を以下に引用する。
二人は去り、きみは本をとりあげて、ページをぱらぱらとめくる。けれども読みはしない。きみの横から、デス博士が口を出す。「どうしたんだ、タッキー?」彼の服は焦げくさいにおいがし、ひたいには血がひとすじ流れている。だが彼は微笑し、タバコに火をつける。
きみは本をつきつける。「この本、もうあと読みたくないよ。博士はきっと最後に死んでしまうんだもん」
「わたしを失いたくないか? 泣かせるね」
「最後に死ぬんでしょう、ねえ? あなたは火のなかで焼け死んで、ランサム船長はタラーを残して行ってしまうんだ」
デス博士は微笑する。「だけど、また本を最初から読みはじめれば、みんな帰ってくるんだよ。ゴロスも、獣人も」
「ほんと?」
「ほんとうだとも」彼は立ち上がり、きみの髪をもみくちゃにする。「きみだってそうなんだ、タッキー。まだ小さいから理解できないかもしれないが、きみだって同じなんだよ」

「きみだってそうなんだ」という言葉を読んで、この短編が入れ子構造になっているのが明らかになる。この短編はデス博士の物語を読む少年の物語なのだから。ゆえにタイトルが「デス博士の島その他の物語」となっているのだ。ウルフは粋な作家だ。

また本を最初から読みはじめれば、みんな帰ってくる。そうデス博士は述べる。本のページのなかには物語があり、登場人物たちは生きている。ここまで考えていま改めて、文字によって紡がれる物語というシステムを開発した人間の偉大さに鳥肌が立つ。文字情報をイメージに変換できる脳のメカニズムのおかげで、われわれは小説を楽しむことができる。なんという神秘だろう。読書とは魔法にかかることの謂いだったのか。
そしてもうひとつ。物語が本の形態をとり、それが全世界に流通したのち、それを読んだ読者の数だけ物語は反復されるということの不思議にも思いいたる。たとえになるが、ドストエフスキーが『罪と罰』を上梓して以降、世界中で、ラスコーリニコフは何度老婆を殺害して、何度ソーニャと出会い、何度シベリアでヴィジョンを見たのだろう。スタンダールが『赤と黒』を上梓して以降、世界中で、ジュリアン・ソレルは何度レナール夫人に恋をして、何度マチルドと出会い、何度彼女の膝の上に頭を乗せたのだろう。そう考えていくと気が遠くなりそうだ。それだけではない。同じ物語も読み手によっていくらでも解釈は広がり、感動は異なる。同じものを読んでも一人ひとりがそこに違うものを見る、あるい想像する、創造する。そう考えると、「ドストエフスキーの『罪と罰』」や「スタンダールの『赤と黒』」はひとつだけだが、『罪と罰』や『赤と黒』は読者の数だけ存在する、無限に存在するということも可能なのではないか。むろんそれはこの「デス博士の島その他の物語」にもいえる。
読書という行為のうちにある様々な要素を、このウルフの短編は想起させずにおかない。

これに続く「アイランド博士の死」と「死の島の博士」はリンクしている。この三作がかたちづくる三角形からポジ・ネガ関係を読み取る作業も楽しい。ウルフは読書の楽しみをよく知っている。ちなみに「アイランド博士の死」は人口惑星を舞台にしたアイデンティティー獲得の物語、「死の島の博士」は不死の問題を主題としている。

ほかに幻想的かつミステリアスな「アメリカの七夜」、宗教物語としても読める管理社会ものの「眼閃の奇蹟」(最後の一行が奇蹟的に秀逸)を収録。収録されたすべての短編が驚くほどクオリティが高く、邦訳作品のすべてを読みたいと思わせる。大事な一冊、大事な作家と出会った。

4336047367デス博士の島その他の物語 (未来の文学)
Gene Wolfe 浅倉 久志 柳下 毅一郎
国書刊行会 2006-02

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管理人が子どものころ幾度も読み返した本はこの本。本当によく読んだけれど、いまではもう殆ど何も覚えていない。
4579402472ふたりはともだち (ミセスこどもの本)
三木 卓
文化出版局 1972-01

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小学校の放課後の、図書室の記憶と結びついているのは江戸川乱歩。
4591106233青銅の魔人―少年探偵 (ポプラ文庫クラシック)
江戸川 乱歩
ポプラ社 2008-11

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
素晴らしい記事です。
ことに、「読書とは魔法にかかることの謂いだったのか」というセンテンスには、感動すら覚えました。

この本は未読ですが、評判は聞いていましたので気にはなっていました。それなのに読んでいなかったのですが、この記事を読んで「読もう」と決めました。私的には「きみ」という二人称も気になりますし・・・・。

ともあれ、ありがとうございます。
Lydwine.
2009/04/22 02:05
>Lydwine.さん

記事を褒めていただきありがとうございます。
このウルフの短編集に関してはどれほど絶賛してもしすぎることはないと思います。鏡像関係にあるアナグラムの三作もよいのですが、残り二編もとてもよいものです。二人称の語りは、入れ子構造の構成と関係していると思われます。
充実した読書時間を過ごさせてくれた一冊でした。
epi
2009/04/23 19:50

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