epi の十年千冊。

アクセスカウンタ

zoom RSS 『ビセートルの環』 ジョルジュ・シムノン

<<   作成日時 : 2009/04/28 00:00   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

画像


死という危難に直面して、自身の人生を再点検することになる初老の男の物語。

パリの新聞王と称される54歳のルネ・モーグラは、友人たちとの会食中に脳血栓で倒れ、ビセートルの病院に搬送される。言語障害と半身不随の状態に陥ったモーグラがベッドのうえで意識を取り戻したとき、彼の耳に教会の鐘の音が届く。過去の想起がモチーフの本作において、この鐘の音は象徴となる。
外界から彼に達した最初の信号は、環の形をしていた。音を発するいくつもの環がどんどん大きくなって、しだいに遠ざかりながら波の形になっていった。目を閉じたまま、彼はそれらの環を追いかけ、理解しようとした。すると決して誰にも話す勇気がないようなある現象が起こった――彼はそれらの波を思い出し、それに微笑したくなったのである。
子どもの頃、彼はいつもサン=テチエンヌ教会の鐘の音を聞く習慣があった、そしてそれを耳にすると、青空を深刻げに指さして、言うのだった。
「環だよ……!」
母が死ぬ少し前にその話をしたことがある。彼はまだ環(anneaux)という言葉が正確に発音できなくて、どうしても口のなかで(nanneaux)となってしまうのだったが、彼がどうして鐘の音のことを環だと表現したかというと、それは鐘が空間に同心円を描くからだった。


思うままにならぬ不自由な体に縛られた彼は、記憶の糸をたぐりながら過去の世界へと沈潜していく。今でこそ名士と目されているが、彼の人生は決して順風満帆ではなかった。母親の早い死があった。父と二人だけで暮らした貧しい少年時代があった。娼婦のもとへ通った青春時代があった。いまは女優となった最初の妻との暮らしが、二人の間に生まれた足の不自由な娘コレットがあった。そして、コレットよりも5歳若い現在の妻との破綻しかけた生活があった。鐘の音が同心円を描いたのち波紋となって空間に広がっていくように、彼の記憶も脈絡なく遡行していく。

彼はもはや自分の仕事については思いを馳せない。学校を中退したのち、ある週刊誌に芸能関係の記事を書き、それが予想外に当たったことが現在の彼の地位へとつながっていったのだが、世論にも大きな影響力をもつこの新聞王が、いまの境遇に本心からの満足を感じていたのかどうか、小説を読む限りでは判然としない。故郷のフェカンの波止場に立った16歳のモーグラの胸に去来したのは、生きていて何になるのかというニヒリズムだった。それを彼は54歳になるこんにちまでずっと抱え続けて生きてきた。いまの彼にとっては、社会的な地位や職業上の問題よりも、ずっと身近な、歳の離れた若い妻との破綻寸前の生活をいかに修復したらよいのか、その答えを模索するほうが重要に思えている。

死の光に逆照射されることで浮き彫りになる生。トルストイの『イワン・イリイチの死』も本作と共通する主題を扱っていたが、トルストイのモラルはここにはなく、悟りきったかのような諦念と、生きている限りは何人も捨て去ることはできない希望という主題が、冬の陽射しのような柔らかな明るさをもたらしている。シムノンはときにユーモアをまじえながら、終始落ち着いて物語を展開させていく。こういう小説を名作と呼ぶのだろう。

B000J8EAAEビセートルの環 (1979年) (集英社文庫)
三輪 秀彦
集英社 1979-09

by G-Tools


この小説については堀江氏のこの本でも魅力的に述べられている。
4101294747おぱらばん (新潮文庫)
堀江 敏幸
新潮社 2009-02

by G-Tools


テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
『ビセートルの環』 ジョルジュ・シムノン epi の十年千冊。/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる