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zoom RSS 『瓶詰の地獄』 夢野久作

<<   作成日時 : 2009/04/12 00:00   >>

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収録された7編の短編のどれにも、人間の心の奥の暗い場所にゆっくりと降りてゆく怖さがある。

怖い話が好きだ。本当の怖さとは余白にあると思っている。読んだ者に想像の余地を残すもの。語り尽くされないもの。明確にされないがゆえに、読んだ者は物語に置き去りにされ、寄る辺ない思いをすることになるだろう。

表題作は漂流の果てに南洋の無人島に流れ着いた兄妹の物語で、三つの手紙によって、この島で起きた「地獄」のような出来事が明らかにされる形式になっている。著者の短編のうちでも屈指の出来と評価されている一編だそうだが、禁忌の観念が薄弱な現在ではいまひとつ凄みは伝わりにくいかもしれない。読む者を圧倒するという点では「死後の恋」のほうが上だろう。

「死後の恋」はロシアを舞台にした短編で、貴族を自称する怪しげなロシア人が、酒場で日本の軍人に語る形式になっている。残酷さと哀切さが同居する魅力的な一編だ。森のなかでの虐殺と、その後明らかにされる「恋」。そして、それらすべてが嘘なのではないかという騙りの可能性。語ることとは騙ることでもある。少し逸脱するが、増田みず子氏の『シングル・セル』のなかで、つかみどころのない謎めいた女が本音を吐露する場面がある。それを聞いて主人公の男はようやくこの女の輪郭をつかんだと安堵する。この安堵は同時に読者の安堵でもある。ところがすぐに、その話は虚実ない混ぜなものであることがわかり、ただしどこまでが嘘でどこからが本当なのかは説明されず、読者の安堵は破られ、主人公ともども途方に暮れざるをえなくなる。「死後の恋」も同じで、この話がはたして本当のことであるのか否か、著者は明確には述べない。その可能性を暗示するにとどまる。こうされることで、読む者の感情は物語に置き去られ、不安を抱え込むのを余儀なくされるだろう。この余白から生じる不安をもっとも体現している文学のひとつにカフカがある。

しかし本当のこととは何であるのか。現実も虚構も同様に情報であるのなら、そこに線引きをすることにどれほどの意味があるのか。いや、意味はある。意味はあるけれどもさほど大きい意味はないのかもしれないと管理人は述べたい。小説を愛読する人は、誰もがこのような問いを超えた地点でページを開いているはずだ。

語りは騙り。それゆえに小説を読むことはこんなに楽しくてならないのだろう。「馬鹿馬鹿しい」といってしまえばそれですべてが済んでしまうのだから。

ほかに「人の顔」「支那米の袋」「鉄槌」「一足お先に」「冗談に殺す」を収録。おわりの二編は謎解きを期待すると話にならないが、人間心理の暗部を覗くという観点に立てば失敗作というほどではない。


4041366143瓶詰の地獄 (角川文庫)
夢野 久作
角川グループパブリッシング 2009-03-25

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