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zoom RSS 『従妹ベット』 バルザック

<<   作成日時 : 2009/05/15 00:00   >>

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金銭欲と愛欲と、そして復讐の物語。

1830年代のパリ。この歓楽の都で、老齢になってなお放蕩に耽るのはユロ男爵だ。60になろうという彼は、貞節の化身である美しい妻アドリーヌと成人した二人の子どもがある。絵に描いたような幸福な家庭を持ちながら、生まれ持った好色のためにそこに留まることができず、美しいが金のかかる女のために俸給を濫費して、家族は貧窮に喘いでいる。家族は男爵の放蕩の犠牲となっていて、彼はそのことに良心の呵責を感じはするものの、行いを改めることがどうしてもできない。ユロ家は没落の一途をたどっていく。

ユロには放蕩の同志ともいうべきクルヴェルがいた。彼は香水商から成り上がった富豪で、ユロよりいくらか若いもののすでに老境にさしかかっている。ユロの息子と彼の娘は結婚しているので、この二人は親戚でもある。クルヴェルはかつて自分が囲っていた女をユロに横取りされたのを恨んでおり、彼への復讐の機会を窺っていた。
ユロの妻アドリーヌの従妹であるベットは40を過ぎて未だ独身だ。彼女は子どものころから美しい従姉と比較されては劣等感に苛まれ、彼女が玉の輿に乗ったのを苦々しく思っていた。女工として暮らす彼女の唯一の慰めは、同じアパルトマンに住む、彫刻家志望の青年スタインボックをかいがいしく世話することだったが、ユロ家の娘オルタンスは彼を一目見ただけで恋してしまい、スタインボックも満更ではなく、ベットは姪に、孤独の慰めを奪われてしまう。幼いころからのアドリーヌへの恨みは、彼女の娘であるオルタンスのこの略奪? のためにいよいよ強まる。ベットは必ずユロ家の者たちに復讐することを誓う。
ベットのアパルトマンには貧乏役人のマルネフ夫妻も暮らしていた。マルネフの妻ヴァレリーはまだ若く、美貌で、何より恋の手管に長けていた。上昇志向の強いヴァレリーとベットは、好色なユロ男爵を篭絡することが互いの利益になると判断し、陰謀の同志となる。結果としてヴァレリーは大金と豪奢な生活を手に入れ、ベットはアドリーヌへの復讐を果たせるだろう。彼女はまたオルタンスと結婚したスタインボックもヴァレリーに誘惑させるという、姪への復讐も目論む。

恋と復讐とが手を合わせたらかなうものはない、とヴァレリーはいう。彼女は決して美しいだけが取柄の女ではない。この「スカートをはいたマキャベリ」は男心を知り尽くしており、ユロ男爵と同時にクルヴェルを誘惑することで、二重に金を巻き上げるだけではなく、ルネ・ジラールの「欲望の三角形」(人間は他者が価値を認めるものに価値を見出す)を作り出し、好色老人二人との三角関係に持ち込むことで互いの競争心を煽り立てる。老人は二人ともヴァレリーに対して常軌を逸した執着を見せ、猜疑心と虚栄心に憑かれ、ヴァレリーはぬけぬけと二人を騙し、ベットは陰でほくそ笑む。スタインボックもヴァレリーの魅力にあえなく屈し、オルタンスは涙にくれる。

ユロとクルヴェルとのヴァレリー争奪戦は、富豪であるクルヴェルに軍配が上がるだろう。しかし、負け戦をわかっていながら、家族から見捨てられるのも顧みず、あらゆる方策を用いて金を工面し、ついには公金横領の重罪を犯してまで女をわがものにしようとするユロの狂態は鬼気迫る。彼は結局破滅するが、彼の息子で弁護士のヴィクトランがヴァレリーを追い詰め、ついに正義の鉄槌を下す。ユロ家は零落しかけたが、大臣の恩顧によりヴィクトランはポストを得て勢力を取り戻す。そして失意のうちにベットは静かに息を引き取る。ヴァレリーと共謀しながら、ユロ家に寄宿していた彼女は二重スパイとなってヴァレリーにユロ家の内情を伝えていたのだったが、誰一人それには気づかず、彼女の死の際にはみなが涙を流していた。

豪華なドレス、アクセサリー、住居および家具調度、芝居見物、夜毎のパーティーなどなど、金のかかる女を愛人にすれば、男はどれほど金をもっていても足りない。しかし金の切れ目が縁の切れ目となる、19世紀パリの恋なのだ。男たち、とりわけ老人たちは必死になる。なぜなら彼らは自らが年をとっており、どんなに強がったところで若い男と比較されれば負けるに決まっているのを承知しているからであり、だからといって女を諦めるという分別はもてないのだ。愚劣といってしまえばそうだ。しかし登場人物の台詞になるが、愚かさや虚栄心もそれを極点まで突き詰めていけば、魂の真の偉大さに通じるものがある。プルーストのシャルリュス男爵の、「リア王のような威厳」もあわせて連想される。

本書はバルザックの最晩年の作品にあたる。本作出版の4年後に彼は他界するだろう。ユロの女狂いといい、ヴァレリーの死の場面といい、本作には著者の身に迫りつつあった死の影が不気味に落ちているように見えなくもない。「徒刑囚が自由を過大視するように、瀕死の人間は人生を過大視する」と本作の一節にある。ユロの狂態は死を予感した者の生への執着だったのだろうか。

それにしてもバルザックの小説はものすごくおもしろい。これぞ小説、といいたくなる。福田和也氏の指摘どおり、金の問題をこれでもかと扱っているのがたまらない。「天使のような奥さん、このフランスに君臨しているのは国王ルイ=フィリップだなどと思ったら、とんでもない間違いですぞ。国王そのひとだって、そんな錯覚は持ってませんからな。ちゃんとわれわれみんなと同様、ルイ十八世の憲章のさらにその上に、神聖にしておそれ多い、堅固で、愛想がよくて、優雅で、美しくて、高貴で、若わかしくて、全能の百スー貨幣がましますのだってことをご存じですからな!」なんて痺れるじゃないか。
なお、本作には『ゴリオ爺さん』に登場したビアンション、ラスティニャック、ヴォートランがちょっとだけ登場する。若かった二人はずいぶんと偉くなっていて驚く。


新潮文庫は現在品切れ。

410200503X従妹ベット〈上〉 (新潮文庫)
Honor´e de Balzac 平岡 篤頼
新潮社 1968-01

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4102005048従妹ベット〈下〉 (新潮文庫)
Honor´e De Balzac 平岡 篤頼
新潮社 1968-02

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新しい翻訳で、こちらの「人間喜劇」セレクション版もある。
4894342413従妹ベット 上 (バルザック「人間喜劇」セレクション <第11巻>)
バルザック
藤原書店 2001-07

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4894342421従妹ベット 下 (バルザック「人間喜劇」セレクション <第12巻>)
バルザック
藤原書店 2001-07

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
大変ご立派な文章です。40年前に読んだこの作品は忘れられないものとなっています。あまり好きな小説ではありませんが、それでも、ここに描かれていることは人間の真実だろうと思いました。
雨宮舜
URL
2009/06/13 10:54
>雨宮舜さん

コメントありがとうございます。『従妹ベット』は、金や愛といった欲に振り回されて破滅を招く登場人物たちが、その愚かさゆえにいとおしくなる小説でした。
epi
2009/06/14 10:25

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