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zoom RSS 『恋人たち、幸せな恋人たち』 ヴァレリー・ラルボー

<<   作成日時 : 2009/08/08 00:52   >>

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淡い恋の思い出を描く小説を二編収録。

「フェルミナ・マルケス」が素晴らしい。パリのコレージュにやって来たコロンビアの少女フェルミナが、男子生徒たちのあいだに引き起こした動揺を回想形式で書く。転校生の姉としてコレージュにやって来る美しいフェルミナは男子生徒たちの憧れの的だった。容易には近づけない彼女に接近できたのは二人の男子生徒だけ。一人は、ハンサムでスポーツマンでもあるコレージュきってのプレイボーイのサントス。もう一人は、地味で容姿もぱっとしないが、コレージュで一番の成績を収め続けている優等生のジョアニー。この二人との関わりを通じて、男子生徒たち同様読者にとっても謎めいた存在だったフェルミナが少しずつ神秘のヴェールを剥がしてゆく。

二人のうち、とくにジョアニーの奮闘が痛ましくて胸を打つ。成績はよかったがとくべつ親しい友人のいるわけでもない彼はいわば浮いた存在だった。彼はフェルミナを一目見てその美しさに囚われ、彼女を征服してやろうと決心する。策を弄してフェルミナに接近した彼は、実際に彼女と接して征服すべき女ではなく、よき友人を見出す。そして自分が彼女に恋をしてしまったことを自覚する。彼は躍起になって自分の存在を彼女にアピールするも、結局振り向いてはもらえない。彼女はサントスを選び、ジョアニーは自らの失恋を悟る。

よい恋は勉強や仕事の邪魔をしない。浮つくことなく、彼または彼女に愛されていることの自覚(錯覚?)が自信となって、むしろ勉強や仕事に打ち込もうとする。頑張ろうと思える。いくらでも元気が湧いてくる気がする。あなたに愛された自分がつまらない人間であってはならないから、と。この、よき恋の高揚を巧みに描くのみならず、少年の内面にまで沈潜して、わが身を顧みてはっとさせられる箇所が多くて舌を巻く。

ではフェルミナに選ばれたサントスはどうなったのだろう。若すぎる人間はその先の経験がないから、未来を思い描けない。周囲の同級生たちにはサントスとフェルミナはいずれ結婚すると思えただろう。けれどもその後時が流れ、彼らを含めみなが辿ることになる未来は。

人はみな島なのだろう、とロレンス・ダレルは『アレクサンドリア四重奏』に書いた。時とはこの島々が浮ぶ海だろう。時を経たのち語り手は、いまは廃校となったコレージュを訪問してかつて自分が学んだ校舎を見てまわる。この行為は、波音に耳を澄ませるのとよく似ている。よく目を凝らし、耳を澄ませば、見え、聞こえてくるものがある。
自習室に入ると、ぼくは昔の自分の席に腰をおろした。時間というのはなんと不思議なものなのだろう! なにひとつ変わってはいなかった。教室机の上には以前より厚く埃がたまっているが、変わったのはただそれだけ。そして、おとなになったぼくはこうしてここにいる。この静寂にじっと耳を澄ましていれば、やがて、過ぎ去った歳月を超えて、遥かなるざわめきが、声が、それに足音が、ふと聞こえてくる……そして、もしぼくと同じ時代の生徒たちがみんな、突然この自習室に戻ってきたとしたら、そしてその物音でふと目覚めてみると、ぼくが教科書と学習帳を前にしていたとしたら……

「フェルミナ・マルケス」を読むと、何気ないのに細緻な心理描写や美しい記憶の襞にふれられて、ああ小説って、物語ってなんて素敵なんだろうと溜息が出る。こういうきれいな物語を、大切に自分のなかに蓄えていきたい。こういう小説に、この先の限られた時間のなかで、あと何度出会えるだろう。

表題作は、南仏のホテルで眠る二人の女を眺めながら、語り手の男が過去を想起する物語。ジョイスが用いた内的独白の手法を用い、えんえんと文章を繋げ、一人の男のこころの奥へと読者を誘う。この物語は著者の実体験がモデルになっているという。まだ若いのに不思議な諦念に満ちた語りが、生きてあることの寂しさと哀しさを思わせずにはいない。

巻末の訳者解説が充実している。ラルボーという、決して本邦ではメジャーではない作家の経歴を紹介しつつ、収録した二編の背景にも言及している。

4480424156恋人たち、幸せな恋人たち (ちくま文庫 ら 6-1)
石井 啓子
筑摩書房 2009-07-08

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