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zoom RSS 『さかしま』 J・K・ユイスマンス

<<   作成日時 : 2009/08/28 00:00   >>

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19世紀フランスのひきこもり小説。

古い一族の末裔である30歳の独身男、デ・ゼッサントは「鼻持ちならぬ下司野郎どもの唾棄すべき」現在を逃れて暮らしたいと強く願い、パリ郊外に一軒家を購入し、自らの価値基準に則った家具調度を整え、ひとつの小宇宙を築き上げ、そこを安息の場所とする。本書は、小説といってもこれといって筋らしい筋はなく、全体がデ・ゼッサントの趣味について、その奇想と薀蓄についてえんえんと述べられている奇妙なもの。彼の家は、たとえば船室の気分が満喫できるよう魚の泳ぐ水槽の内側に設えられた食堂だとか、甲羅に宝石をちりばめたペットの亀だとか、ずらりと並んだ酒樽の列(口中オルガン)だとか、とにかく珍奇な意匠がこれでもかと溢れている。ナイトテーブルのかわりに一脚の祈祷台を用いるなど、デ・ゼッサントの趣味は所謂ゴシック。彼はカトリックの神学校で教育を受けたのだ。

デ・ゼッサントはまた文学および美術にも造詣が深く、彼の本棚には豪華な装丁の書籍が並んでいる。古代のラテン文学、キリスト教文学がその大半を占め、中世を飛び越えて現代の書物が集められている。壁にはゴヤやギュスターブ・モローの絵画が飾られている。陽の光が遮られた孤独な一軒の家のなかで、デ・ゼッサントは無口な召使い夫婦とともにひっそりと自足して暮らしている。

この小説のなかでは想像力が重視される。からだがどこにあっても、精神を自由に飛翔させることで、ひとはいずしてどこにでもいることができる、デ・ゼッサントはそう考えている。ある日、ディケンズを読み、ロンドン旅行を思い立った彼は珍しく家を出、駅へと向かうのだが、その途中で徐々に旅先での不愉快な諸問題を想像してうんざりしてくる。そして、自分はすでに空想のなかでロンドンに行ったも当然ではないか、これ以上彼の地まで出向く必要などないではないか、と結論し、結局旅には出ず自宅に戻る。出向けば、ああこんなものか、これならば想像していたときのほうがよかったなと思うであろうことが彼にはかつてのオランダ旅行の際の教訓として残っていたのだ。
この指摘は興味深い。想像力の豊かな人間にとっては、現実はしばしば期待を裏切る。観光案内の写真がかきたてる風情や魅力が、実際にその場に立ってみるとああこんなものかと落胆することはしばしばある。オンラインで世界各国の風光明媚な土地や遺跡が閲覧できる現代にデ・ゼッサントが生きていたら、彼はパソコンを決して手放そうとはしないだろう。

本書は「デカダンスの聖書」と呼ばれることがあるそうで、ワイルドの『ドリアン・グレイ』をはじめ、後の作品に与えた影響も大きいという。現実離れしたデ・ゼッサントの小宇宙を覗き見るのは、たとえ趣味が異なる人間だとしても面白い。自分の好きなもの、趣味に合ったものに囲まれて生活するのは精神衛生上とてもよいことだと思っている。澁澤龍彦の翻訳が流麗で魅了される。

4309462219さかしま (河出文庫)
渋澤 龍彦
河出書房新社 2002-06

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