epi の十年千冊。

アクセスカウンタ

zoom RSS 『世の中へ 乳の匂い』 加能作次郎

<<   作成日時 : 2009/09/01 00:00   >>

トラックバック 0 / コメント 0

しみじみとした味わいを残す、大正期の私小説作品を八編収録。

加能作次郎は石川県のある村の生まれ。生まれてすぐに母に死なれ、継母の乳で育てられた。父親は漁師で、ほかに姉が一人いた。継母とはいまひとつ関係がうまくいかず、作次郎は13歳のときに郷里を出奔、伯父を頼って京都へ向かう。中学校へ行きたいというのが作次郎の望みだったが、伯父は彼を自分が経営する薬屋の丁稚にする。この丁稚奉公の時代は作次郎にとって苦難の多かった時期で、表題作はどちらもこの時期を取り上げたていて、淡々とした筆致の向こうに寄る辺ない少年の漠とした不安が見られて、ときに胸が切なくなる。

所謂極道の人だった伯父のもとで小さくなりながら暮らした丁稚奉公時代を回想した「世の中へ」を読めば、作次郎の少年時代がどんなものであったか、おおよそのところは知れる。伯父には幾人もの妾がいて、作次郎が寄宿した家にいた女もその一人で、彼女は本妻を押しのけて伯父の寵愛を得たものの実際は冷ややかな女で、彼女の底意地の悪さがみずみずしい少年時代の回想のうちで深く印象に残る。継母との関係がうまくいかなかった作次郎はこの家でも年上の女とはうまくいかなかった。

この「世の中へ」と前後した時期を「迷児」と「乳の匂い」が扱う。「乳の匂い」に出てくる、お信さんという女性の幸薄い人生が、読む者に生きることの哀しさを思わせずにはいないだろう。なんとも数奇な、不幸な星のもとに生まれたとしかいいようのない女性と、「性に目覚める頃」の著者との、恋と呼べるのか呼べないのか、淡い感情の動揺がよい。

うまくいかなかった継母の思い出を彼女の死後に綴った「母」は、作中の「昔あったとい」「聞いたわね」という母子のやりとりが心に残る名編といってよいと思うが、管理人が本書中でもっとも評価したいのは「屍を嘗めた話」という、郷里の海難事故に材を取った一編。所謂異色作であるらしいが、異様な事件を昔話ふうの語り口で述べていくその文体もさることながら、漁村の美しい女が、村に流れ着いた、すでに面影をなくした死体の頬を嘗めて、自分の夫かどうか確かめる場面に漂う一種のエロスが印象深い。200以上あるという著者の作品のうちからあえてこの一編をセレクトした荒川洋治氏のセンスはさすがだ。

加能作次郎の作品が文庫になるのはこれがはじめてだという。こういうしみじみとした日本の短編小説は非常に管理人の好むところ。ほかに、「恭三の父」「汽船」「羽織と時計」を収める。

4061984659世の中へ・乳の匂い 加能作次郎作品集 (講談社文芸文庫)
荒川 洋治
講談社 2007-01-11

by G-Tools

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
『世の中へ 乳の匂い』 加能作次郎 epi の十年千冊。/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる