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zoom RSS 『ハイファに戻って 太陽の男たち』 ガッサーン・カナファーニー

<<   作成日時 : 2009/09/08 00:00   >>

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パレスチナで起き、現在も続いている問題を小説を通じて知る。

本書に収録された中篇および短篇は、どれもパレスチナ問題を扱ったもの。巻頭に収録の「太陽の男たち」は、イラクのバスラからクウェートへと密入国を図る三人の男たちの運命を描く。炎天下の砂漠、息ができぬほどに灼熱したトラックのタンク、男たちが着ている汗まみれのシャツ。読んでいて眼前に見るようにそれらのものがリアルに迫ってくる。地図を見ても、そこがどれほどいま自分のいる場所から遠いのかうまく想像できない、そのくらい遠い国のお話なのに、そこで息をしている人間は自分と何ら変わらないのだ、それが共通理解としてあるから小説を読む者は小説を信頼していいのだった。この中篇では密入国は失敗に終わり、男たちには悲劇が待っているのだが、解説によると現実には密入国の失敗は少なかったという。冒頭の三章の、それぞれ異なる事情を抱えた男たちの紹介の仕方がうまくて舌を巻く。

もうひとつの表題作である「ハイファに戻って」は、これがパレスチナ問題の最大の悲劇ではないのかと管理人には思える。実の家族が民族対立の犠牲となる筋だ。イスラエル軍によってハイファを追放されたある夫婦は、追放の際に我が家に生後間もない子どもを置き去りにせざるを得なかった。20年後、皮肉な政治状況によって(このあたりの解説は岡真理氏の『アラブ 祈りとしての文学』に詳しい)故郷への帰国が可能になり、夫婦は二人でハイファをに帰還する。彼らが捨てていった家は、いまでは他人が暮らしている。そしてそこに置き去られた息子は、いまでは立派な青年に育っていた。が、彼は自らをユダヤ人であるとし、イスラエル軍の軍服を着た兵士となっていた。実の父、母、それに彼は知らないが兄弟たちと敵対する立場にあったのだ。夫婦は何を期待して、ハイファに戻ってきたのだろう。20年ぶりに息子と再会し、置き去りにしたことを謝罪したあとで、彼を連れて帰れると思っていたのだろうか。彼らはその問いに答えられない。好奇心としか答えられない。
20年ぶりの親子の再会は悲しいものに終わる。息子だけではない、ハイファの町自体が、夫婦にはよそよそしいものに見えていたのだ。前述の岡氏の著書によると、ユダヤ人たちはパレスチナ人たちをパレスチナから追放したのち、土地に植わっていたオリーブやオレンジの樹をすべて切り倒し、ヨーロッパの象徴的な針葉樹を新しく植えたという。そこに住んでいたパレスチナ人たちの記憶を抹消するために。

「悲しいオレンジの実る土地」という短篇が収録されている。少年の語り手が、「きみ」という人物に語りかける結構になっている。一夜にして難民と化してしまった少年と、彼をとりまくおそらくは親類か近所の人々の集団。逃げ延びる途中で、彼らはオレンジを売る農夫と出会う。そのオレンジを見て、大人たちは涙する。その鮮やかな色をした果実が、彼らに、彼らが失ったものをあらためて思い知らせたのだ。追放された先では食うものにも事欠き、「君の父さん」は楽にしてやるために子どもたちを拳銃で殺してしまおうとまで思いつめる。難民が置かれた極限の生存環境が少年の視点で淡々と語られるこの短篇に、パレスチナ問題が凝縮されている観がある。彼らには頼れるものは何もない。何も。神すらも、ない。
いや、宗教色の熱烈なまでに強い学校で育てられたぼく自身、あの時神というお方は、本当に人間を幸せにしたいと思っているのだろうかと、疑わずにはいられなかった。ぼくは神というお方が、あらゆることを聞きもらさず、すべてを見てとっているということに疑いを持った。学校の教会でぼく達にくばられた色刷りの御絵は、子供たちに慈悲深く微笑みかけている主を描いたものであったが、それらの御絵さえ、保守的な系列の学校をもっと増やして肥えふとろうとするずるい人間たちの偽善と、変りないものに思えた。ぼくがパレスチナで知っていた神も、やはりパレスチナから逃げ出していったのだということを、ぼくはもはや疑わなかった。もぼくの知らないどこかへ、難を避けて逃れていった。自身でこの問題を解決できずに。
この少年が語る相手の「きみ」は、もしかしたら死者なのではないか。

ほかに「路傍の菓子パン」「盗まれたシャツ」「彼岸へ」「戦闘の時」を収録。1948年以後、60年以上経っても未だ難民キャンプから出られず、いまや2世、3世が難民キャンプで生まれているという。難民となった人たちと、難民として生まれてきた人たち。この世代の変化が全篇を順を追って読むと見えてくる構成になっている。

著者のカナファーニーは、1972年に、何者かによって自動車に仕掛けられた爆弾によって暗殺された。

4309205186ハイファに戻って/太陽の男たち
黒田 寿郎
河出書房新社 2009-02-19

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4622074230アラブ、祈りとしての文学
みすず書房 2008-12-20

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