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zoom RSS 『ミスター・ピップ』 ロイド・ジョーンズ

<<   作成日時 : 2009/09/20 00:00   >>

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想像力の有無が、人間を幸福にも不幸にもするのかもしれない。

1990年初頭のブーゲンヴィル島が舞台となる。島には英国資本でオーストラリア管理になる鉱山があった。鉱山から採掘される金や銅からあがる税収はパプア・ニューギニア政府の唯一の(!)財源となっていたが、これに伴う事業が島の自然を破壊し、住人たちのそれまでの生活を一変させた。島の若者たちはパプア・ニューギニア政府からの独立を主張して立ち上がり、パプア・ニューギニア政府は鎮圧のため軍隊を派遣する。これが、物語の背景となっているブーゲンヴィル抗争の経緯だ。革命軍はジャングルに潜み、第二次世界大戦中に日本軍が残していった武器を修復して、政府の軍隊を迎え撃つ。この抗争は国連の介入による1997年まで続きいちおう沈静化はしたものの、ブーゲンヴィル島は現在も政治的に不安定な状況が続いているという。

島には学校があったが、教師が不在のため休校となっていた。島で唯一の白人であるミスター・ワッツはなぜか先生となって子どもたちに勉強を教えることになる。教師の経験などない彼が授業で用いることにしたのは、ディケンズの小説『大いなる遺産』だった。彼は子どもたちに小説を読んで聞かせる。ただそれだけの授業なのだが、島の少女マティルダはこの物語に夢中になり、自分が訪れたことのないロンドンをあれこれと空想したり、家に帰って母親に聞かせたりする。母親は怪訝な顔をする。そんなことをしたって暮らしの役に立つわけでもないのに、と。けれどもマティルダの『大いなる遺産』への興味は衰えず、ある日彼女は砂浜に、小説の主人公ピップの名前を棒で書く。それが悲劇を招くことになる。島に政府軍がやって来て、彼らは砂浜に書かれた「PIP」の名を見て、これが革命軍の人物だと勘違いする。この人物を引き渡さなければ村を焼くぞと脅す。ピップは架空の人物だと証明するためにマティルダは教室に『大いなる遺産』を取りに行くのだが本は紛失してしまっていて、怒った政府軍は村に火を放つ。ここからマティルダと島の住人たちは深刻な状況に追い詰められていく。

小説は、ジュブナイルめいた冒頭からは予想もつかない悲惨な展開を見せる。ディケンズの小説が与えてくれた喜びは、現実に対してあまりにも無力だった。少女は残酷で理不尽な、悪や暴力といった現実のもつ一面に直面して傷を負う。この傷はとても深く彼女の内部に長く残る。けれどもいつかは、彼女はその傷を癒すだろう。若い生命は逞しさを発揮して、辛すぎる過去を乗り越えさせるだろう。

ディケンズの小説はマティルダのその後の人生に大きくかかわることになる。若いころに経験した一冊の本との出会いがその後の人生を大きく変えることになる、本書は本と読者とのかかわりについての小説だ。本を読むことの心愉しさ、それが過酷な状況下での経験であるからこそより切実になる、そういうこともあるのかもしれない。マティルダはじめ子どもたちの想像力の豊かさと政府軍のメンバーの想像力の欠如を比較したとき、この能力の有無は人生を豊かにも貧しくもするのだと知れる。

4560090041ミスター・ピップ (EXLIBRIS)
Lloyd Jones
白水社 2009-08

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