epi の十年千冊。

アクセスカウンタ

zoom RSS 『愛人』 田中ユタカ

<<   作成日時 : 2009/10/21 00:00   >>

トラックバック 0 / コメント 0

愛人と書いてアイレンと読む。

未来の地球。移植された細胞が異変を起こす病に冒され、余命いくばくもない少年、イクルが主人公。すでに両親はなく、施設で育てられた彼は最後の時間を一人きりで過ごす寂しさに耐えられず、人造遺伝子人間(俗称アイレン)の少女あいを得る。このときイクルは知らなかったのだが、精神援助用に作られたアイレンは長くは生きられず、せいぜい10ヶ月ほどの寿命しかない。二人で過ごす最初の夏は、同時に最後の夏となった。

二人が暮らすのは海を見下ろす丘のうえの一軒家。彼らが過ごす時間は特別なことといってない。料理を作って食事したり、風呂に入ったり、洗濯をしたり、近くのマーケットまで買い物に行ったり、キスをしたり。残された時間はあとわずかでありそれが二人に暗い影を落としはするけれど、逆説的にその影のなかにあるからこそ命という影を払う光の存在を二人は感じるようになる。ときには絶望し、ときには悲嘆に暮れる。しかし彼らは一人ではない。互いに寄り添える人がすぐそばにいる、そのことがどれほど支えとなっただろう。この漫画は愛の物語。そして状況が悲劇的になればなるほどに、彼らの愛はいよいよ際立つ。

平穏に暮らすイクルとあい。しかし、彼らの生きる世界は残酷で苦難に満ちたものとなっていく。南極にある国連がテロによって壊滅し、人体を侵すウィルス「呪い」が散布されたのだ。呪いに冒された人間はもはや助からず、人類は大きく傷つき、この呪いを受けて生き残れる者たちはこれまでの人類とは異なったものとなる。呪い以後の人類の歴史は、これまでの歴史と地続きではなくなるだろう。その先に何が待っているのか、闇しか見えない。

しかしだからといってすべてを諦めてしまうわけにはいかない。登場人物の一人はいうだろう。呪われたまま、赦されないまま、生きろ、と。この世界が誰かの存在を願ったことなど、ただの一度もなかった。世界が個人を必要とすることなど、ただの一度もなかった。生きるということはこの世界に逆らうこと。運命に対して反逆することなのだ。

はじめから約束されていたとおり、二人は死ぬ。イクルに限っては静穏な死とは遠く、愚かな人間たちの暴力によって無残な死を死なねばならなかった。しかし、二人をずっと見守ってきた医師は、彼らの死後、もうひとつの物語を想像する。その世界では二人はまだ生きていて、イクルはあいの待つ家へと急ぎ、帰り着くと、笑顔で彼女がおかえりなさいと迎えてくれる。医師は独白する。「これは私の空想 どんな暴力でも消せないの 消させないの」。

イクルとあいは死ぬけれども、世界には新しい命が誕生する。死と生。この大きな輪のなかに、われわれもいる。大きな命の流れのなかに身を置いて生きている。そう思うと、生きることも死ぬことも、ともに怖がらなくていいのだという気持になりはしないか。

これまで漫画を読んで驚かされたことは幾度かある。岩明均氏の『寄生獣』や岡崎京子氏の『ヘルタースケルター』やジョージ秋山氏の『銭ゲバ』や大友克洋氏の『童夢』や楠勝平の「ゴセの流れ」。花沢健吾氏の『ルサンチマン』や柏木ハルコ氏の『いぬ』も忘れがたい。管理人は決して漫画に詳しくはないので多々漏れがあるとは思うが、しかし本作『愛人』もとくべつな漫画として記憶に残したい。残したいし、残るだろう。大いなる愛の物語としての漫画。
お涙頂戴的なあざとさがなく素直に感動できるのは、著者の物語の組み立てがうまいのだろうか。絵がとてもかわいくて、イクルとあいの「うかれバカ」っぷりが微笑ましい。拙く描かれたあいの絵日記や、盲目となったイクルの世界を表現する場面など、技法的にもおもしろい漫画ではないかと思っている。

4592142985愛人-AI・REN- 上 特別愛蔵版 (ジェッツコミックス)
白泉社 2009-01-29

by G-Tools


4592142993愛人-AI・REN- 下 特別愛蔵版 (ジェッツコミックス)
白泉社 2009-01-29

by G-Tools

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
『愛人』 田中ユタカ epi の十年千冊。/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる