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zoom RSS 『訴訟』 カフカ

<<   作成日時 : 2009/11/08 00:00   >>

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『審判』の邦訳タイトルで人口に膾炙しているカフカの長編の新訳。

著者が執筆を中断したため未完となっているのはほかの長編と同様。30歳の誕生日にわけのわからない裁判所によって訴えられたヨーゼフ・Kは身の潔白を証明しようと奔走するが、そもそも何の容疑で逮捕され何の罪で訴えられているのかわからないので手の打ちようもなく、31歳の誕生日に二人の男によって処刑されて「犬のように」死ぬ。悪夢的とよくたとえられるカフカのいかにもそういう面が強調されるような作品であるとともに、なんでもありなシュールな作品でもある。一般家庭の屋根裏にある裁判所などとは荒唐無稽で馬鹿らしくなる設定だし、Kが勤める銀行のある部屋のドアを開けたら裁判所の職員がムチ打ちされている場面に遭遇するなどというのにはそのユーモアに笑わずにはいられない。一言でいうなら、あまりにもカフカ的なカフカの小説としかいいようがない。

カフカについて語るとき、つねにいわれるのがテクストの問題だ。カフカは死の間際に友人のマックス・ブロートにすべての原稿を焼却するよう依頼したが、ブロートの「誠実な裏切り」によってカフカの原稿は残され、ブロートが編集して出版したのがブロート版の全集。これが戦後、世界的なカフカ・ブームを巻き起こす。新潮社版のカフカ全集はこれを底本としている。ブロート版はカフカ本人の意図を無視してブロートが編集した箇所が多々あり、その後の研究者から批判されることになる。長編『失踪者』の終わりを勝手に変えてしまったのはとくに有名で、ブロートはカフカを文学者としてよりは予言者的な救世主として扱いたかったのだろうといわれている。

1968年にブロートが他界しカフカの原稿が読めるようになると、ブロート版を批判する新しい全集が編まれる。これが批判版カフカ全集で1982年から出版される。池内紀氏個人訳の白水社版カフカ小説全集はこの版を底本としている。

批判版もカフカの書いたものを確定するという編集作業を行っている。ここからさらに進んで、カフカが書いたままのノートと翻字を見開きにして、紙版とCD―ROMにまとめたのが最新の史的批判版。ほとんど訂正せずに流れるように一気に書かれたカフカ本人の文字が読めるようになっている。本書は同じ訳者による『変身/掟の前で』同様この史的批判版を底本としている。一般読者が読むぶんには先行の池内訳と大差ない。史的批判版では『訴訟』は作品ではなく草稿扱いされていて各章が一冊ずつの分冊で出版されているが、本書は文庫という形式上一冊にまとめざるを得ない。章の並びは批判版(池内訳版)と同じ。カフカを読むときはそのわけのわからなさが楽しめて、ときどき笑い、ときどき薄気味悪さにぞっとできれば満足な管理人のような人間には、上述したバージョンの問題はしょうじきあまり気にならない。そこに書いてあることを書いてあるままに読むということがカフカを読む醍醐味だと思っている。

カフカというとやれ実存主義だのやれ不条理だのやれ不安だのといわれた時代がかつてあって、あんなに悲しい『変身』を友人たちのまえでげらげら笑いながら朗読したというフランツ・カフカその人のことがないがしろにされていたのかと嘆息せざるを得ない。本作はさほどでもないが、短編や『城』にはやりすぎなくらいのユーモアが溢れているというのに。ひさしぶりに読んだ『訴訟』は前述したようにいかにもカフカ的なお話だなあという感想しか正直もてなかったが、訳者には失礼ながら池内氏の翻訳が(翻訳の正誤は管理人には判断できないが)見事だったのだなあと改めて思い知った。カフカを訳した池内氏の文体は、なんか気持わるくてでも癖になる魅力があって、作品よりも翻訳の文体のほうが印象に残っているくらいだ。

4334751946訴訟 (光文社古典新訳文庫)
Franz Kafka
光文社 2009-10-08

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4560071543審判―カフカ・コレクション (白水uブックス)
Franz Kafka
白水社 2006-05

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