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zoom RSS 『河岸忘日抄』 堀江敏幸

<<   作成日時 : 2009/12/17 00:00   >>

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この小説世界に憧れを抱かずにはいられない。

セーヌらしき河に停泊中の船を仮の住まいとする、ある男の日常を描く。そこには括弧つきで事件と呼べるほどのものはほとんどなく、けれども一人の人間の暮らしを変化させ、またときにはわずらわせる些細なことがらの生起はあって、それも事件と呼べるのであるなら、いくつかのそうした出来事が静かに経過する日々を背景としてある。流れる河にあって留まり続ける船上での暮らし。やさしく、そのやさしさが弱さにすら見えなくもない一人の男がためらいと逡巡のうちに省察を重ねるこの小説にこの舞台はなんとうってつけだろう。堀江氏の文体はときにセンテンスが長く、ひらがなが多用され、回り道が多い。この文体の味わいが何かに似ていると漠然と感じていたが、本作を読んでそれが何かわかった。堀江氏の文体は川を連想させるのだ。本作の主人公は乱暴にいってしまえば煮え切らない男で、彼に船を貸した大家が彼とは対照的に激しい性格をしているのも、穏やかな朝があれば、水の溢れる夕もあるひとつの川の別の面を見るようで楽しい。

主人公は「少し」働きすぎたからという理由で浮世を離れ船上生活者となる。キッチンで料理し、コーヒーを淹れ、デッキに出て煙草を吸う。陽あたりのいいリビングにはいわゆるアンティークの家具が置かれ、樫の本棚には大量の本とレコードが並ぶ。そこでブッツァーティやチェーホフを再読し、古いレコードをかけて耳を傾ける。テレビはあるが滅多につけられない。管理人がこの小説世界に憧れるのは、この主人公のマイペースな日々の送りかたにある。誰もがそれぞれに暮らしのペースをもっているだろう。早いほうが体に合う人もいれば、遅くなければ駄目な人もいるだろう。スローな暮らしということがキャッチコピーになって久しいけれども、遅ければよいというのではない。通信手段や移動手段が日々進歩して高速化していくからといって、そちらに自分を合わせて早ければ早いほどよいというのでもむろんない。大切なのは各人が己の体に合った速度で暮らしていけるかどうかで、そこに人生における幸福の問題は絡んでくるのではないだろうか。管理人も遅い暮らしのほうが性に合う一人で、だからこの小説世界に羨望に近い憧れを抱かずにはいられないのだ。

小説のなかで主人公は連想から省察を深くしていく。ひとつの問題を幾度かに分けて考える。この思考のプロセスをゆっくりと追うのが川に沿って歩くのにも似て気分がよい。季節は淡々と過ぎゆく。春には春の思考が、冬には冬の思考が、もしかしたらあるのだろうか。


4101294739河岸忘日抄 (新潮文庫)
新潮社 2008-04-25

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