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zoom RSS 『一九八四年』 ジョージ・オーウェル

<<   作成日時 : 2009/12/28 00:00   >>

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ディストピアを描いたすぐれた長編。

本書は1949年に刊行された。当時としては未来だが、2009年を生きるわれわれから見れば過去となる1984年の架空の世界を舞台としている。小説では世界は大きくオセアニア、ユーラシア、イースタシアの3つの国家にわけられている。主人公のウィンストン・スミスはオセアニアのロンドン在住。国家は監視体制を敷いており、人々は独裁者である<ビッグ・ブラザー>の目から逃れられない。ウィンストンは公務員で、勤めているのは真理省の記録局。彼の業務は歴史の改竄。<ビッグ・ブラザー>にとって都合の悪い歴史をつねに都合よいものに書き換えている。目的は<ビッグ・ブラザー>の万能を国民に知らしめるため。幾度となく歴史は新たに書き換えられるため、何が本当のことであったのかもはや記憶している人間はほとんどいない。そもそも本当の歴史などに人は関心をもたなくなっている。歴史とは記録されたものがすべてであり、<党>が主張するのであれば黒も白となる社会において本当のことなど何の意味があるのか。下手をすれば<思考警察>に捕えられ、拷問されたあげく射殺されるのが落ちだ。ゆえに人々はその日その日を目的もなく生きる人生を余儀なくされている。<党>にマークされないよう脅えながら。

ウィンストンはこの社会は間違っていると感じている。彼は<思考警察>の監視をかいくぐり、自由を得ようともがく。しかし<思考警察>は彼を要注意人物としてとくに厳しく監視していた。恋人との逢瀬のさなかに<党>の手が伸び、彼は捕えられ、再教育のために拷問を受けることになる。後半部分は暴力の描写と、精神的肉体的に追いつめられていくウィンストンの境遇に読んでいて胸が苦しくなる。

自由のない世界。つねに<党>の監視の目が光り、怪しいと思われる言動は慎まねばならない。愛する人と口をきくこともままならない。そして前述のとおり捏造と欺瞞に満ちた社会でもある。スパイ行為が立派と賞賛され、実の家族にすら裏切られる社会。誰も歴史に関心を抱けず、そもそも現在何が起きているのか把握することすら容易ではない。オセアニアはユーラシアと戦争中だが、ある日突然戦争の相手国はイースタシアだ、と<党>発表する。すれば歴史は書き換えられ、何年も前からオセアニアがイースタシアと戦争していたとされてしまう。いや、そもそも実際に戦争など起きているのだろうか。登場人物の一人は、本当は戦争などなくて、たまに飛んでくるミサイルは戦争中だと見せかけるためにオセアニアが自ら発射しているのではないかと疑う。

幸運にも未来はこの陰鬱な小説のとおりにはならなくて、われわれはとりあえずは平穏のうちに生きてはいる。オーウェルのこの小説はひとつの思考実験で、全体主義を突き詰めていくとなるだろう社会を描いている。ここでは大衆は刹那的に生き、自立できていない。<党>は何のために権力に固執するのか。ウィンストンは権力者の一人に問う。この場面はドストエフスキーの「大審問官」を彷彿とさせる。無力な人間にパンを与えるかわりに自由を奪うのか。20世紀の大戦を経験したあとの小説家はこの問いに神学的な答えを返さない。権力者は答えるだろう。権力に固執するのは権力を手放さないためだ、と。<党>は万人の幸福など望んでいない。ただ己らの権力基盤を絶対的に強化することしか眼中にない。

この小説が孕む思想はとてもリアルで、だから怖ろしい。<党>の怖ろしいのは、理解力を欠いた無知な大衆を相手にしたとき、その支配力が最大の効果をもたらす点だ。政治の背景を知らず、知ろうともせず、ただ鵜呑みにすることによって<党>の支配力はますます増していく。希望は大衆のなかにある、とウィンストンは信じようとするが、無知で愚鈍な大衆に何が期待できるだろう。

ほかにも、性欲と暴力の関係や、暴力の被害者が加害者をより愛するようになる心理的プロセスの描写、欺瞞を行っていると自覚しながらその欺瞞を信じようとする<二重思考>など、さらりと書かれた部分も示唆に富んでいる。これはかなり豊かなものをもった小説ではないだろうか。説明調になることなく、物語の進行に沿ってそれらが提示される。読んでよかったと、その読後感の悪さにもかかわらず思わせてくれる。加えて、とても哀しい恋愛小説でもある。


4151200533一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)
高橋和久
早川書房 2009-07-18

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